最近ブログを書くようになったんですが、少なからず自分の書いたものを読む人がいると思うと、妙に意識して書くのに時間がかかってしまいます。

特に困るのは、文末で、いつも結局、無難に「~です。」「~ました。」で終わらせています。


文章を書こうとするとき、いつも思い出してしまう作家は太宰治です。

文章にリズムがあるというか、すいすい読めて、いつの間にか引き込まれてしまいます。


単語の使い方も結構好きで、「スープ」を「スウプ」とか書いてあったりすると、おいしそうだなぁ、と思ったりします。

(単に時代のせいかもしれませんが)

そのなかでも、好きなのは「ほんとう」という言葉で、


十指を観る。うごく。右手の人差指。うごく。左の小指。これも、うごく。

これを、しばらく、見つめて居ると、「ああ、私は、ほんとうだ。」と思う。


とかいうふうに使われています。

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私は一人暮らしをしていますが、

夜中に、すこし部屋を片付け、テレビやパソコン、音楽などを全て消し、カーテンを閉め、最後に消灯し、部屋の真ん中に座ってみました。


結果は、十分もしないうちに不安になり、明かりをつけてしまいました。


別に幽霊が怖かったわけではありません。

自分が独りであること、無目的に存在していることを直視できなくなったんです。


思えば、普段、あまりに多くの刺激や雑音にさらされすぎて、静寂の中で自身の人生に目を向け、全人生をかけて達成すべきゴールを探すのを忘れてきた気がします。


人生には二つの仕事があるんじゃないかと思います。


一つは、人生の目標を決めること。

もう一つは、その目標に向かっていくこと。


自分は、目標がまだわからずにいます。

思想なのか、芸術なのか、科学なのか、愛なのか、金なのか、権力なのか、、、、



この間、メッシが’神の手’ゴールを決めました。

メッシのゴールの方が、マラドーナのそれよりも展開が速かったのは確かですが、

私は、元祖であるマラドーナのほうがすごいと思います。

マラドーナは引退後のインタビューで、

「届かないボールがきたら、他の選手は諦めるんだろうが僕はそうじゃない。手を伸ばすんだ。その技術は練習で上達する。」

と言っていました。

ゴールのためには、「ハンド」というサッカーの最も基本的なルールにさえ縛られないあたりが、マラドーナが天才である所以でしょう。

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