先月にこのようなニュースがあった。
お客さんが販売員に土下座を強要し土下座姿を写真にとりツイッターに載せるといった事件だ。
まずびっくりしたのがお客さんが販売員に土下座を強要したことである。しかもその姿をツイッターに載せるというのだ。
このニュースをきいて世の中には怖い人がいるなと思った。
このお客さんはなぜ土下座までさせたのだろうか。「申し訳ありませんでした」この一言だけでは満足できなかったのだろうか。
もちろん販売員の謝り方が不適切、アフターケアーが無いなどで謝罪をされても気持ちが治まらないこともあると思う。
それでは逆に土下座をしてもらうことでその人の気持ちは治まるものなんだろうか。
今日は10月26日に放送されたクローズアップ現代の「氾濫する土下座」観て感じたことを書きます。
今回の放送では土下座=屈服と表しているところがありました。
これを観て
あーなるほどなと思った。
お客さんは謝罪が欲しいのではなく販売員に土下座をさして屈服させたかった、優越感に浸りたかっただけなんだと思う。
土下座による謝罪ではなく屈服している販売員を見たかっただけではないだろうか。
クローズアップ現在の中にはお客さんが駅員に対して誠意を見せろとして20分間土下座をさせたというのがありました。
ぞの人にとって本当に20分間の土下座=誠意だったのだろうか。
僕はお客さんが20分間の土下座を見て誠意を感じたとは思わない。
そこにあったのは土下座をしている駅員への優越感だけだったと思う。
そもそも、僕は日本の土下座の文化が好きではない。
素直に謝ることは大事だと思うが土下座をするというのはどうだろうか。
土下座をさせる側には何か黒いものが隠れていて人を馬鹿にしたり見下している感があり好きになれない。
なにか問題を起こした本人が
本当に申し訳ない気持ちで謝ってきても許さないのに
強要させた土下座を見て許す気になる人の気持ちは僕には理解できない。
謝罪だけを聞いても怒りは治まらないことだってあるだろう。
それこそ
謝罪側のアフターケアーを見ることによってその人が本当に申し訳ないと思っているかどうかや誠意がわかると思う。
その後のアフターケアーがしっかりしていれば怒りは収まっていくはずである。
頭ごなしに土下座しろというのはその人がどうかしていると思う。
今現在
テレビ等で土下座を見る機会が増えてきています。それはテレビの中のことなんだからそれを現実に持ってきて体現しようとするようなことは止めて欲しい。
本当の謝罪の気持ちは土下座ではなくその後の態度で判断できるはず。
皆さんは土下座についてどう考えますか?
