28話の「ふたつの遺言」があまりにも悲しくて、号泣でした。
史実だから、過去のことだから、わかってはいたけど。
わかってはいたけど、悲しみはどうしようもありませんでした。
そして妄想が暴走した結果、ギリギリ以下のようになりました・・・・。
≪NHK【篤姫】より≫
「将軍家定公、薨去あそばされました」
老女滝山の言葉が、篤姫には理解できなかった。
上様がお隠れあそばされた・・・?
遠い薩摩からこの徳川家へ嫁いで1年と9ヶ月。
やっと将軍家定と夫婦らしくなってきたところだった。
夜毎、碁を打ち合い、表の政務にも意見を求められ、夫婦一心同体と睦みあってきたのに。
将軍家定公の薨去の知らせは、篤姫にとって晴天の霹靂といわんばかりの伝達であった。
引き止める奥女中たちを振り切り、家定の眠る間へたどり着いた。
高々と積まれた白い箱。
どうして、上様は自分になにも言わずそんなところにいるのか。
どうして、妻である自分になにも知らされなかったのか。
涙がとめどなくあふれてくる。
これからなのに。
これからだったのに。
ふたり、これからもっと夫婦として生きていくはずだったのに。
深夜。
遠く庭では夏の虫が鳴いている。
篤姫はそっと双眸を開いた。
天井が写る。涙があふれる。
もう、上様はいない。
そう思うと締め付けられるほどに心細く、どうしようもなく悲しかった。
篤姫はゆっくりとその身を起こした。ひどく喉が渇いている。
「だれか」と小さく人を呼んだが、寝ずの番の女中たちが珍しく寝入ってしまっているようだ。
篤姫は仕方なく布団をめくり、立ち上がろうとした。
そのとき、部屋の隅に人の気配を感じて振り返り、思わず息を飲んだ。
そこに立つのは、生前変わらず緋の羽織を着た姿の夫、家定であった。
目を細め、やさしいまなざしで自分をみつめる、家定であった。
「上様・・・! 上様、やはり嘘だったのですね。わたしくし、すっかり騙されてしまいました。いったいどの者の仕業でしょう、このような計らいごとをしてのけるとは。恐れ多くも上様が身罷られたなどと・・・」
家定はなにも言わずに篤姫を見つめていた。
微笑を浮かべたまま、ただ見つめていた。
「うえ、さ、ま・・・?」
微笑む家定の姿が、消えていく。
「上様、お待ちください上様!!」
篤姫は声の限り叫んだ。伸ばした手が空をつかむ。
「おばあさま? おばあさま、いかがされました?!」
自分を呼ぶ声で篤姫は目を醒ました。
右腕が空に伸び、なにかをつかもうとしていた。
篤姫はゆっくりとその腕を下ろした。
「ここは・・・」
「ずいぶん、お眠りでいらっしゃいました」
宗家16代の家達が安堵したように笑った。
篤姫は天井をみつめながらつぶやいた。
「夢を、見ていました」
とても、遠い夢を・・・。
夫、家定の死後、自分にはいろんなことがあった。
江戸幕府崩壊。無血開城。
長く続いた徳川の時代は終焉を向かえ、時は明治に移っていた。
人々はそれを動乱の時代と呼んだ。
自分はこの徳川の人間として、徳川宗家と大奥を守るのに必死だった。
そんな人生であった。
大奥の女帝として凛と立たねばならなかった。
夫家定が守りたいといったものを、自分が代わりに守るのだと言い聞かせた。
男たちと対等に渡り合い、生きねばならなかった。
泣くことなど、もう許されるはずもなかった。
そして篤姫は思い返すようにゆっくりと、まぶたを閉じた。
ふと、花の香りがして篤姫は目を開けた。
どれくらい眠っていたのだろう。
褥に身を起こして庭の方に視線を向け、篤姫は手のひらで自らの口を覆った。
「ひさしぶりじゃのぉ、・・・御台」
自分を「御台」と呼ぶたった一人の人。
その腕にはあふれんばかりの牡丹の花が咲き乱れていた。
その人はいつかの夜のように、まるであの夜から時が止まっていたかのように、立っていた。
変わらない、あのやさしいまなざしで。
目を細め、愛しい者をみつめるそのまなざしで。
差し出されたその手に、篤姫は自分の手を重ねた。
やさしいあのぬくもり。
篤姫の瞳に大粒の涙があふれた。
家定は微笑んだまま、そっと指先でその涙をぬぐう。
「相変わらず赤子のように泣く御台じゃ」
「・・・はい」
「よく、がんばってくれた、御台」
「はい・・・・」
また、生まれ変わっても。
わたしはわたしでいたい。
また、生まれ変わっても。
わしはわしでいたい。
あなたに会うために。