≪NHK【篤姫】より≫ | 人間万事塞翁が馬~なんくるないさ~

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昭和母と平成生まれ令和女子の攻防日記。
娘のことは大好きですが反抗期に四苦八苦しています。
更年期 VS 思春期!

中高一貫私立中3を深海魚で悠々と泳ぐ娘のり子とせっせと働くアラフォーサクラと癒やしの豆柴りりたん(2)の日々のこと。

28話の「ふたつの遺言」があまりにも悲しくて、号泣でした。

史実だから、過去のことだから、わかってはいたけど。

わかってはいたけど、悲しみはどうしようもありませんでした。

 

そして妄想が暴走した結果、ギリギリ以下のようになりました・・・・。


 

≪NHK【篤姫】より≫

 

「将軍家定公、薨去あそばされました」

 

老女滝山の言葉が、篤姫には理解できなかった。

上様がお隠れあそばされた・・・?

 

遠い薩摩からこの徳川家へ嫁いで1年と9ヶ月。

やっと将軍家定と夫婦らしくなってきたところだった。

夜毎、碁を打ち合い、表の政務にも意見を求められ、夫婦一心同体と睦みあってきたのに。

将軍家定公の薨去の知らせは、篤姫にとって晴天の霹靂といわんばかりの伝達であった。

 

引き止める奥女中たちを振り切り、家定の眠る間へたどり着いた。

高々と積まれた白い箱。

どうして、上様は自分になにも言わずそんなところにいるのか。

どうして、妻である自分になにも知らされなかったのか。

涙がとめどなくあふれてくる。

これからなのに。

これからだったのに。

ふたり、これからもっと夫婦として生きていくはずだったのに。


 

深夜。

遠く庭では夏の虫が鳴いている。

篤姫はそっと双眸を開いた。

天井が写る。涙があふれる。

もう、上様はいない。

そう思うと締め付けられるほどに心細く、どうしようもなく悲しかった。

 

篤姫はゆっくりとその身を起こした。ひどく喉が渇いている。

「だれか」と小さく人を呼んだが、寝ずの番の女中たちが珍しく寝入ってしまっているようだ。

篤姫は仕方なく布団をめくり、立ち上がろうとした。

そのとき、部屋の隅に人の気配を感じて振り返り、思わず息を飲んだ。

 

そこに立つのは、生前変わらず緋の羽織を着た姿の夫、家定であった。

目を細め、やさしいまなざしで自分をみつめる、家定であった。

 

「上様・・・! 上様、やはり嘘だったのですね。わたしくし、すっかり騙されてしまいました。いったいどの者の仕業でしょう、このような計らいごとをしてのけるとは。恐れ多くも上様が身罷られたなどと・・・」

 

家定はなにも言わずに篤姫を見つめていた。

微笑を浮かべたまま、ただ見つめていた。

「うえ、さ、ま・・・?」

 

微笑む家定の姿が、消えていく。

「上様、お待ちください上様!!」

篤姫は声の限り叫んだ。伸ばした手が空をつかむ。



 

「おばあさま? おばあさま、いかがされました?!」

 

自分を呼ぶ声で篤姫は目を醒ました。

右腕が空に伸び、なにかをつかもうとしていた。

篤姫はゆっくりとその腕を下ろした。

「ここは・・・」

「ずいぶん、お眠りでいらっしゃいました」

宗家16代の家達が安堵したように笑った。

 

篤姫は天井をみつめながらつぶやいた。

「夢を、見ていました」

とても、遠い夢を・・・。

 

夫、家定の死後、自分にはいろんなことがあった。

江戸幕府崩壊。無血開城。

長く続いた徳川の時代は終焉を向かえ、時は明治に移っていた。

人々はそれを動乱の時代と呼んだ。

自分はこの徳川の人間として、徳川宗家と大奥を守るのに必死だった。

そんな人生であった。

 

大奥の女帝として凛と立たねばならなかった。

夫家定が守りたいといったものを、自分が代わりに守るのだと言い聞かせた。

男たちと対等に渡り合い、生きねばならなかった。

泣くことなど、もう許されるはずもなかった。

そして篤姫は思い返すようにゆっくりと、まぶたを閉じた。



 

ふと、花の香りがして篤姫は目を開けた。

どれくらい眠っていたのだろう。

褥に身を起こして庭の方に視線を向け、篤姫は手のひらで自らの口を覆った。

 

「ひさしぶりじゃのぉ、・・・御台」

 

自分を「御台」と呼ぶたった一人の人。

その腕にはあふれんばかりの牡丹の花が咲き乱れていた。

その人はいつかの夜のように、まるであの夜から時が止まっていたかのように、立っていた。

変わらない、あのやさしいまなざしで。

目を細め、愛しい者をみつめるそのまなざしで。

 

差し出されたその手に、篤姫は自分の手を重ねた。

やさしいあのぬくもり。

篤姫の瞳に大粒の涙があふれた。

家定は微笑んだまま、そっと指先でその涙をぬぐう。

 

「相変わらず赤子のように泣く御台じゃ」

 

「・・・はい」

 

「よく、がんばってくれた、御台」

 

「はい・・・・」

 

また、生まれ変わっても。

わたしはわたしでいたい。

 

また、生まれ変わっても。

わしはわしでいたい。



 

あなたに会うために。