いま私の目の前に居る中年のオンナ…
『このオンナがダンナの『愛人』?ホントに?』
自分よりも一回り近く年下で、
若くてキレイな『愛人』を勝手にイメージしていた私…
『君枝』がダンナの『愛人』であることが信じられず、
『君枝』の顔を見るなり思わず言葉を失ってしまった…
拍子抜けしてしまった私は必死に冷静を装って椅子に座る。
私は今日の日のために録音が出来るカセットレコーダーを購入し持参してきていた。
当時はまだ携帯もガラケーでボイスレコーダーも高額。
でも万が一のために証拠は残しておきたい。
証拠があればダンナもさすがに言い逃れは出来ないだろう。
目の前でうつむく『君枝』に判らないようバッグの中で録音ボタンを押した…
ミディアムの長さの髪はパーマが取れかかっていて、
あまり手入れしていないのかツヤがない。
白いブラウスの上にくすんだピンク色のカーディガンを羽織ったそのオンナは、
一目見ただけでは何歳かわからず想像以上に『地味』なオンナだった。
「お忙しいところ…今日はすみません…」
そう…この声…
『無言電話』と『留守番電話のメッセージ』で何度も聴いたお馴染みの声だ。
やっぱりこのオンナがダンナの『愛人』なんだと、
声を聴いて改めて思い知らされる…
「なんで私に会いたかったんですか?」
私の言葉に『君枝』がようやく顔を上げる。
その顔はやつれていて目が落ち窪み、
お世辞にもキレイとは言えない…
学校のPTAに何人もいそうなフツーのオバさんだ。
「あの…私…中里さんが結婚したくなるほど好きになった方をどうしても見てみたくて…」
「それで?」
平日の夜のカフェは人がまばらで、
店内には仕事の打ち合わせをしているようなサラリーマンが数組しかいない。
妻が『愛人』と対面だなんて…
そのサラリーマンたちも、
まさか今ココで『修羅場』が繰り広げられてるとは夢にも思わないだろう。
「私…奥さまはもっと…その…肝っ玉かあさんというか…すみません…
すっごい太っててオンナを捨てているような方だと思っていました。」
「…………… 」
「でも…イメージと違いました。
凄くステキな方でビックリしました…」
私の作戦はとりあえず成功したけど、
『愛人』に褒められたところでちっとも嬉しくない。
『あんたどうやってウチのダンナを寝取ったのよ!!このメスブタ!!』
妻は激怒して愛人に水をぶっかけビンタをくらわす!!
なんて…
これがドラマでよく観る『修羅場』というものだけど、
私は決して感情的になりたくなかった。
感情的になってまくしたてれば『愛人』と同じ土俵に上がってしまい、
それだけで負けるような気がする…
ダンナの『愛人』なんかと同じ土俵にだけは絶対上がりたくない。
怯えるようにうつむきながら話す『君枝』を見ていたら、
なんだか急に憐れになり闘争心が萎んでいった…
「あの…あなたはおいくつなんですか?」
私は会ったときから気になっていた年齢を、
あくまでも冷静にたずねる。
「奥さまと同い年です…」
「!!!!!」
『君枝』は私と同い年だった!
なんで…
なんでよりによって私と同い年のオンナなんかと…
『君枝』の言葉は…
私にとって…
あまりにもショックだった…