隠れるのが下手だった。

逃げ足の才能は無かった。

よく探検して、ことごとく見つかった。

おばあちゃんの不審そうな顔に、必死で言い訳をしていたっけ。

でも、家と家の間のあの細い隙間を、泥棒みてえに歩くのが、俺のお気に入りだったんだ。

 

他人が使った物に著しく興味があった。

あんた方が所有していたのに、『いらない』と言われた物たちのことさ。

確かに、俺が見ても『いらない』のだけれど、他人が使っていたというだけで酷く魅力的に思えたんだ。

だから欲しいと思った。

欲しい、のは、本当だったんだ。

 

価値の無いものに価値を付けたがる俺は、間違いなく小汚い窃盗犯の気質だった。

だけど、今まで犯罪を起こさずに来れたのは、一体何故なんだろう。

誰でも間違いを起こすのに、いつ道を踏み外してもおかしくは無いのに、たとえどんな優等生が犯罪をしたって疑う権利は無いでしょうに、だからそれが俺でもきっと許されるはずなのに。

選りに選って逃げも隠れもしないから、こんな目に遭うのかよ?

 

君には、"ストッパー役"ってのがいたりするんかな。

俺はね、来世も前世もどこもかしこも八方塞がりよ。

念を押されてる、切り崩しが効かないのはその訳さ。

 

「お天道様が見てるって話?」

 

いやいや、そんな迷信みたいな空ろな内容、持ち出してくれるな、俺の方が心底がっかりします。

お嬢ちゃん、お坊ちゃん、これはリアルでしかねえんだよ、ああ、君らは、一体どんなブレーキを持った大人になるのかなあ!

……世の中にはね、全く止まれない人間と、止まったまんまの人間がいるってもんなのです。

俺?

俺はね、はあ全く、電柱みたいな奴なんだと、あの樹々みたいにそよぎもしない。

突っ立てるだけで面白味もないけど、地中に潜ってもいられない。

こんな鉄鉛みたいに育っちまっても、陽の光は浴びたいものだよ。

だからお天道様が見ているんじゃなく、俺の方から見せてやっているって話だ。

そう、人生は積極性!

ほら意気込んでみな、空が明るくなるだろう。

 

分かる、分かる。

背丈が小さい頃は視界が限られるから、上から降ってくる大人の声によくビクビクしたものだ。

何処の誰の怒声なのか、気付くのが物凄く遅れたんだよね。

今になって思うよ。

あの時良くも邪魔してくれやがったな、と。……

 

綺麗に敷き詰められた砂利も、整えられた庭も、俺は全部知っていた。

気に入った石は拾って帰ったし、目に入った花は摘んだし、人の目を盗んだ。

当然良く思わないだろうよ。

小さい子供がやっているだけで、実際ただの泥棒だもの。

そんなに沢山は盗らなかったと思うのだけど、どうも物だけじゃないらしい、俺が踏み入れた場所は、"荒らした"という表現が正しくて、しかもそれは具体的な場所だけを示しているのではなく、多分内側、心と呼ばれる、この手で摘むことのできない所まで、俺は忍ばせてしまったらしい。

何を?

何を、って、それはもちろん、『魔の手』だよ。

俺のこの手以外に何がある。

悪を決めるのは、頭や目や口ではないよ、いつだってこの両手なんだ。

俺は小さい頃からこの手を使って、目の端で捉えた小さな興味を、悪とも知らずに集めてきてしまった。

多分ね、今もあの引き出しの奥に、大事にしまってあると思うんだ。

 

 

逃げも隠れもできなかった俺にとっては、周りの大人が悪だと言っても、その全てが思い出せる確かな記憶です。

大人を作るのは碌でもない記憶です。

綺麗さっぱり忘れて生きるか、古傷のように時たまに嗜んで生きるか、そのどちらも曖昧にしていれば、鉄柱のような男が夕闇の地を黙って刺す、少年少女、子供の頃の闇は、せめて黄昏にしておいで。……

 

 

まだ無垢な少年に、あんな不審な顔をするなんて、俺はよっぽど嫌な子供だったんだ。