「見返り美人55」王女の城

新人女子アナ、マキが入社した時期、
その本社は、都市開発地区に在り、建設中と為った。
そして、その仮の営業所として、大半が、移動し、
近くに建てらている、新興ビルが、社屋として使用された。
そこは、リョウの以前の、オフィス近くで、有った。
そのビルと、一部ガラス張りと為ったスタジオ棟の間は、
地下は、ロータリーで、地上は、オープンテラスで、遮られた。
スタジオ棟の地下玄関は、隣りのホテルロータリーと、繋がる、
駐車スペースも有って、送迎車等が、行き交う。
ビルは、他社との合同社屋と為り、坂道になる地形の、
1,2階は、レストランや、商店等が、営業した。
日中は、雑踏の様に、テナント会社の社員以外にも、
いろいろな人々で、賑わうが、夜間、
それも、深夜と為ると、必然に、
放送局としての、職員達風の往来が、多くなる。
人影は、激減し、それは、目立つ存在に、為る。
リョウにとって、いつ、マキが、入りに為り、出に為るのか、
社員達の出入り口の、場所のみハッキリするが、
タイミングは、判らないし、確信も生じない。
ビルは、専用エレベーターに為り、地上1階だが、
その出入り口は、通り側の表玄関と、反対側の裏に為る、
玄関が、スタジオ棟の正面玄関に、向き合って、
そこを往復するのが、TV局関係者達と、判断される。
従って、時々は、目にする他のアナ達や、
タレント達とも、出遭う事に為る。
只、リョウは、持て余す時間の中、自然に、
それらの状況判断が、確認されていた。
スタジオ棟玄関には、守衛が立ち、チェックされている。
タレント等が、花束を抱いて、そこに立つと、
ハイヤーが、回り込んで来て、乗り込む。
常時、停車している事は、不自然に為るが、
駐車場が隣接する訳で、時々は、見かけられた。
地下ロータリーの、玄関前の車寄せを望んで、
入線コース、ホテル側と別れる所に、タクシー待機所が在った。
そこ先に有って、ビルの裏玄関も、見渡せる位置に、
リョウは、自分の使い慣れたマイカーを、止めていた。
初めの時とは、異なって、マキの放送は、毎週末の深夜番組だった。
リョウは、決まって、放映中から、その終了過ぎてからも、
その場所で、玄関を行き来する人々達から、
マキの姿を、探していた。
毎回、番組に参加するタレントや、スタッフらしき人達も、
確認出来ないまま、ただただ、他のアイデアも、無く、
遠くを、行き過ぎる人影に、彼女を、探していた。
そして、何気なく、気になる、目立つ髪形の、人影を記憶した。
彼女らしくも、思えた。数人と一緒に、通りの方に、去っていった。
そして、いつもの、期待と興奮が、虚しく冷める、
焦燥感の中、家に戻り、いつもの、録画していた、
マキの深夜番組を、見送っていた。
この放送中、己は、そのスタジオ前で、その時間を、過ごしたと。
いつもの様に、マキの姿を楽しんだ時、気が付いた。
あの目立って、気に為った髪形は、画面の彼女そのものだった。
TV局は、その時期、深夜の女子アナ達に対して、
特別な扱いをしては、居なかった。
そして、それは、他のスタッフ達と、同じ帰宅姿と、為っていた。
リョウは、間違って居なかったとの、喜びに加え、
己の計画に、はやる気持ちを、どうしても、押さえきらなかった。
天から、与えられている、恵み、チャンスで有ると、確信した。
車には、いつもと違う、ハイオクを入れ、
そして、あの姿を確認した、同じ時間、同じ所へ、向かった。
マキは、玄関を出てから、表通りへと、向っていた。
従って、今までの待機位置では、進む方向が、反対た。
リョウは、誰に見つかっても、構わない、
そして、そんな不運は、起こり得ないと、覚悟を決めた。
マキが、歩いた、その地下通路から、ビルの先に出ると、
すぐ大通りに為って、深夜でも、多くの車が走る。
そして、タクシー乗り場の列が、見えた。ここだ。
リョウは、その手前、ロータリーを出る所に、車を、寄せた。
そして、今までとは、数十倍にも為る、
期待と興奮を感じながら、あらゆる不安を、潰していた。
運転席の、倒したリクライニングから、
左側に見えるサイドミラーと、自分の時計を、
気にしながら、両者を、凝視していた。
その時、心が、爆発した。
ミラーに、見かえり美人、マキが、映った。
しかも、一人だった。これも、幸運と、狂喜した。
ミラーは、この時間、この場所で待機しては、不信な車の横を、
中にも気付かず、近づき、通り過ぎて往くマキを、写していた。
リョウは、ビルから曲がるタイミングを、合わせて、
自分の車を、ゆっくりと、移動させた。
やはり、数人の順番待ちで、マキの姿が、
開いたドアへと、タクシーに、乗り込むのを、確認した。
あの車と、後ろに、リョウは、すぐ着けた。
合流するタイミングにも、合わせなくては為らない。
車と車の間を、空ける余裕は、無かった。
深夜は、それ程でも無いが、都会のタクシーは多い。
体験する、実際のチェイスは、映画・TVとは、異なる。
両サイドから、ビル照明の多く為った、六本木に入り、
リョウの神経は、少しの余裕を得て、なお、集中した。
これから、何処へ行くか、予測も立てていた。
しかし、その漠然としていた事が、古都へ向う、
首都高速の走行や、その方向では無く為った。
では、何処だと、予測が立たないと、必死に為った。
やはり、この冒険が、何かを、教えてくれると、感じた。
それ迄、リョウは、混雑を嫌い、都心の走行は、
していなかったし、地理感は、電車からに依っていた。
タクシーは、見なれない、大きなコンクリートのみの建物へ、
リョウの車を、導いた。人影も、それ迄の車も無くなった。
不思議な静寂と、樹木が並ぶ通りを、進んだ。
お城の、気がした。彼女は、王女と感じた。
それ迄の、賑わうネオンを、離れ、
何か、別世界へと進む気持ちが、前のウィンドーに映る、
王女の影に、これは、プリンセスロード、と心が、叫んだ。
そして、再び、街筋の照明が、輝く、大通りに出た。
実家の在る、あの古都方面で無い事を、意識した。
その通りは、深夜でも、続行される夜間道路工事の現場で、
車以外の、工事騒音が、響いていた。
リョウは、すっかり、タクシーの真後ろに、貼り付いた。
後部座席で、マキは、寝込んでいる様子に、映った。
深夜の人込みが、待機する交差点の中、
こんな所と思える、狭い一方通行の、商店通りを、入った。
リョウは、何か、もう、その時が、近い感じが、した。
ここで、止められては、どうしようもない。
しかし、その通りを、渡った先で、
マキのタクシー、停車ランプが、点滅した。
リョウは、慌てて、通りを渡らず、左折し、
すぐ停車させ、車を、走り出た。
タクシーは、去っていたが、アッと。
その建物、玄関先、そこそこのロビーで、
マキが、郵便ポスト受けに、向かっていた。
ちょっと、タイミングを採ったリョウは、
ロビーの奥、エレベータが、すぐ空いて、
マキが、入って行くのを、確認した。
玄関ドアの横、守衛の窓は、カーテンが、閉められていた。
マキが、立っていたポストの位置を、記憶しながら、
エレベータの止まった階を、確認した。
一人で、乗った箱、その実感を、確かめる様に、
リョウの全神経、五感が、深夜、鮮明に働いていた。
9階を、押した。その階で、エレベーターを出ると、
何か、病院の様な、臭いがした。
回廊の一軒毎の表札を、確認しながら、
暗い窓や、明るい窓を、やり過ごしながら、
ドキドキする心臓を、押し殺す様に、進んだ。
有った。マキの苗字の、表札が。
そのドアに、立った時、ちょうど、その部屋の、
隣と為る洗面室の、窓灯りが、点いた。
そこから水音と共に、彼女だと、
リョウの心が、落ち着いた。終わった。
「遣った。」と、最高の、感動と共に、
与えられた成功に、限りない感謝が、沸いた。
これ以上、ここで、深夜の時間を過ごしている事は、
何か、罪の意識が、生じる様で、車に、戻った。
静かに、車内で、今までの全てにも、感謝した。
そして、そのままで、帰れなかった。
ポストも、確認できことが、伝言を、意識した。
この時は、何か、捧げる、と云うよりは、
誇示したい気持ちが、ふつふつと、沸いてきた。
お花の店を、探した。全てが、もう閉まっていた。
美容院の花壇に、小さな花が、咲いていた。
その中の、一つを、折って、ティシュで包んだ。
マキのポストへ、残そうと、リョウは、戻っていた。
その玄関を、出て、改めて、建物を確認した。
周囲の建物を、見下ろす様な高さが、有った。
マキ王女の、お城だった。
その背の高いマンションの、幾つかの灯りが、
点っていて、王女の部屋、と、見上げた。