何年前だったか、上戸彩主演のドラマ『エースをねらえ!』が職場ではやった。
(テニスマンガです)
原作マンガを同僚たちと回し読みをしたのを覚えている。。
そのときの登場人物のセリフにこんなのがあった。
『絶対無二の一球』
~この一球は、二度とない一球。
そのセリフを言っていた登場人物は、“命”というものに直面したとき初めて、この言葉の本当の意味を悟ったと言う。
“一球”
それは、闘病中の人あるいは闘病中の家族を見守る人たちにとって、こうして過ごしている“毎日”だと思う。
一日一日が二度とない日々。
もちろん健康に暮らしている人にとっても二度とない日々だけれど、“命”に今まさに向かい合って闘っている私たちの家族にとって、一日一日は重く感じる。
『ここまでだと思ったとき、もう一歩粘れ!』
このセリフも、今にしてみれば印象的だった。
母も何度も粘ってくれた。
でも、これは見守る家族にも言えるセリフ。
母にしても、私にしても、
自分のためでなく、きっと大切な人のためにこそ、もう一歩粘れるのだと思う。
私はブログにグチや泣き言を書くことが多いけれど、
落ち込むけれど、
まだまだ
粘りたい。
結局、完徹~
(テニスマンガです)
原作マンガを同僚たちと回し読みをしたのを覚えている。。
そのときの登場人物のセリフにこんなのがあった。
『絶対無二の一球』
~この一球は、二度とない一球。
そのセリフを言っていた登場人物は、“命”というものに直面したとき初めて、この言葉の本当の意味を悟ったと言う。
“一球”
それは、闘病中の人あるいは闘病中の家族を見守る人たちにとって、こうして過ごしている“毎日”だと思う。
一日一日が二度とない日々。
もちろん健康に暮らしている人にとっても二度とない日々だけれど、“命”に今まさに向かい合って闘っている私たちの家族にとって、一日一日は重く感じる。
『ここまでだと思ったとき、もう一歩粘れ!』
このセリフも、今にしてみれば印象的だった。
母も何度も粘ってくれた。
でも、これは見守る家族にも言えるセリフ。
母にしても、私にしても、
自分のためでなく、きっと大切な人のためにこそ、もう一歩粘れるのだと思う。
私はブログにグチや泣き言を書くことが多いけれど、
落ち込むけれど、
まだまだ
粘りたい。
結局、完徹~