(衣笠祥雄の言葉たち)

『プロ野球選手は、行き着くところは技術屋』


『試合のある日に、休みたいと思ったことは一度もないですよ。』


『野球が大好きでした。こんな好きなことを一日たりとも休めますか。』


『多少痛くても、試合しているほうが精神的に楽だもの。
それはきっと、育った環境。』


『私に「野球」を与えてくれた「神様」に感謝します。』


『練習が終わったあとの時間の使い方が重要。
チームでやる練習がすべてじゃない。
プライベートな時間にも、どれだけ個人練習するかが重要なんです、プロというのは。』


『関根潤三さんや広岡達朗さんに育てられた。
ルーツは、チームに“やれば勝てるんだ”という意識を植え付けた。』


『誰よりも故・根本睦夫さんにはお世話になりました。
入団3年目に監督としていらっしゃったのですが、ひと目見た時から、この人には逆らえないと感じました。
人生の箍(たが)ははずしちゃいけないと教えられました。


『カープに入った頃、「痛いと言ってくれば休ませてやる」という中で育てられた。要は代わりはいくらでもいるということです。』


『チームが勝つために、今何をすべきか。
僕よりも、外す決断をした古葉さんの方が苦しかったと思う。
(大スランプ時にスタメンから外され、連続試合出場世界記録の更新がストップした時の発言。
古葉さんとは当時の監督の古葉竹識氏)』


『(スランプで連続試合出場記録が危なくなったとき)本当に古葉監督にはご迷惑をおかけしたと思います。
自分としてはあの時、記録を切ってほしかったんです。


『鎌倉のお坊さんが書いた「ただの人であれ」というタイトルの本が印象に残っています。
ちょうど79年の大スランプの時に手にしたんです。追い詰められた時に何度も何度も読みました。


『連続出場はね、ほんとうに大勢の人にお世話になったからできたこと。
決して一人でできるもんじゃないですよ。』


『現役時代、周囲からは鉄人と呼ばれていても、やはり自分の中の不安と常に闘っていました。


『私が子どもの頃憧れたように、今の選手は子どもたちの憧れの人になって欲しいのです。
そうなることで、また歴史がつながっていく。
プロ野球が衰退してしまったら、先人にも次の人たちにも申し訳が立ちません。


『プロ野球80年の栄光の歴史は、先人たちの努力の賜物です。
この努力に対しては、いくら感謝しても感謝し過ぎるということはありません。
現役のプロ野球選手諸君は、ここを分かってほしい。


『他人に好かれなくてもいいから、他人に嫌われることだけはするな。』


『自分がここにいるのは、可能性があるということだ。
可能性がなければ、この場所にはいない。
そう思って、いつも自分を信じることだ。』


『一番の根本は、自分を信じ切れたかどうか』


『なぜ、もう少し頑張れないのかとも思う。
自分にご苦労さんとは言わない。』


『「現在(いま)」を大事にして精一杯やるから、「未来(さき)」があるんじゃないでしょうか。』


『人生なんて案外、「他人」の一言が決めてくれるものなのです。』


『運というのは、掴むべく努力している人のところへ訪れてくる。』


『人間、自分ひとりでできることには限界がある。
だけど、人と力を合わせると、不思議なことに不可能も可能に、夢も現実になっていく。
だから、出会う人を大切にするんだよ。




『自分でできることを自分なりに一生懸命やってきた。
ただそれだけです。』


衣笠祥雄(きぬがささちお)
(日本のプロ野球選手(内野手)
引退後は野球解説者、野球評論家
国民栄誉賞受賞者
京都府出身
愛称は「鉄人」
1947年生まれ~2018・4・23死去行年72歳)