私が車と駐車場を変えてから数日、カスは私に
会社辞めた?
車ないけど。
車、変えたのかな?
と、メールを送ってきた。
返事も貰えないのになぜ一方的に送り続けるのか。
それが私に届いていると理解しているのか。
とにかく、カスは異常だった。
そしてカスの異常な行動はさらにヒートアップした。
会社の内線で呼び出され電話に出た私に、事務の女性が、○○○の△△さんから電話です、今切り替えますね。と連絡があった。
○○○という会社は知らないし、△△さんも知らない。
話を聞けば誰か思い出すかも、と思っていたが声を聞いた瞬間に私は喉がヒュッとなった。
△△です。
分かりますか?
その声は、カスだった。
何を喋ればいいのか?
電話を切ろうか?
私はどうしたらいいのか分からず、何も喋れなかった。
○○さん?
○○さーん。
もしもーし?
あのヘラヘラした喋り方は間違いなくカスだった。
『もしもーし?』
その言葉を聞いた途端に私は怖くなって電話を切った。
カスに言いたい文句は山ほどあったのに、受話器越しに入ってきたカスの声に恐怖を感じた。
電話を切ると、すぐにヒロさんのところに行って話した。
私はカスが会社に入ってきたらどうしよう、何かされたらどうしよう、と恐怖しかなかった。
さすがに会社の中にまでは来ないと思うけど…
でも会社にまで電話してくるなんて、もうまともな思考じゃないからね。
確かに何するか分からないし。
月さんの作業場は一番奥だから僕の作業場のところを通れば分かるはずだから、彼が来たら僕が何とかするから、月さんは裏のドアから事務所に行きなよ。
でもヒロさんはどうするの?
何かされてからじゃ遅いし。
僕は大丈夫だよ。
男は自分の身は自分で守るから。
大丈夫じゃないよ。
カスは、まともじゃないし過去に傷害で逮捕されるような奴だよ。
それでも大丈夫だって。
ヒロさんはニコニコ笑いながら言っていた。
なんでそんなに大丈夫って言えるの?
カスが来たときにできる対策が何かあるの?
ないよ。
ないなら大丈夫じゃないよ。
大丈夫だって、本当に心配いらないから。
僕、喧嘩で負けたことないもん。
えっ、喧嘩でっ?
うん。僕、喧嘩は強いから大丈夫だよ。
それって普通に殴り合いでってこと?
うん、殴りも蹴りもありなの。
えっ…ヒロさん喧嘩なんてしそうに見えないのに?
殴ったり蹴ったりするの?
それ、本当?
あはは、よく言われる。
どっちかっていうとやられる方だって思われるんだけどね。
まぁ、僕も若い頃はそれなりに…
全く見えないのにね。
あー、もしかして珍走団やってた?
あ、僕、頭やってました 。
(珍走団のリーダー)
ヒロさんはニコニコしながらサラッと言った。
まさかカスの事がきっかけでヒロさんの過去を知ることになるとは思わなかったが。
しかも会社で、元珍走団で有名な藤井さん(仮)はヒロさんの後輩だった。
オラオラな性格の藤井さんは皆に怖いと言われていたが、思い出せばヒロさんと喋るときだけは絶対に敬語だった気がする。
大丈夫だよ、僕の事は気にしなくてもいいから。
そう言えば、マサくんも若い頃はそれなりだったんじゃないの?
マサ?知らないよ、全然そんな話し聞いたことないし。
ヒロさんは苦笑いしながら、今の話しは聞かなかったことにして、と言っていた。
人は見かけによらないとは、まさにこの事だと思った。
ヒロさんは、とにかく大丈夫だから気にしないでいいよ。と言ってくれた。
そして電話のあと、しばらくしてからカスからメールが届いた。
まだ会社にいるんだね。
車を変えたのかな?
あの電話はカスで間違いなかった。
カスは営業のふりをして私がいるかを確認するために電話を掛けたのだ。
あれほど憎かったカスなのに、電話越しに声を聞いただけで怖いと思うようになってしまった。
カスはどこから私を見ているのだろう?
私が実家にいることも知っているのだろうか?
保育園の駐車場で待ち伏せされたらどうしよう。
私の頭はカスへの恐怖でいっぱいだった。
保育園に着いたら降りるときには必ず周りに人がいることを確認してから降りた。
子供達を車に乗せたらチャイルドシートに乗せるより先にドアを閉めて鍵をかけ、それから車内でチャイルドシートに座らせた。
家に帰っても倉庫の中に誰もいないかを確認してから車から降りた。
寝る前には何度も戸締まりを確認するのに、夜中に目が覚めると、もう一度確認しなければ不安でたまらなかった。
あの電話とメールがきた日から、私は常にカスへの注意を払いながら過ごしていた。