今日、探し物をしていたら、引き出しの奥に小さな箱を見つけました。

中から出てきたのは、銀色の蟹の・・甲羅の部分が桜貝で出来ている

小さなネックレスでした。

懐かしくなって・・・手に取った途端、鎖が切れたのか、

ちっちゃな蟹が、ころんと足元に落っこちてしまいました。


とても古いものでしたし・・・

本物の銀製の鎖ではないので、時間の経過とともに、

継ぎ目がもろくなっていたのかもしれません。


18歳の頃に・・・

大切に想っていた人からもらったものでした。



「つくも神」という言葉があります。

長い間使い続けると、いつしか「モノ」にも魂(たましい)が宿るという・・・

もちろん迷信だと思いますが・・・

偶然も、タイミングが良すぎた場合には、

ふと「そういうことってあるのかも」と思ってしまうのです。


実際・・・・

「この洗濯機、もう長いわね~」「そろそろ買い換えてもいいんじゃないか?」

そんな話をしてた、その二日後に、ちゃんと動いていた洗濯機が

突然、壊れてしまったりということがありました。

「もう、お役御免かあ~・・・さよなら~しょぼん

とでも言ってるような気がしたものです。


また・・・今年の春、

受験生だった娘が、無事合格して3日後くらいに

朝に夕に、お出かけの時でさえ手放さなかった一冊の参考書(辞書)?

(彼女はデータベースと呼んでいました)が、

何もしないのに、真ん中のページから

真っ二つに割れて?破けてしまったのです。

確かに、かなり使い込んで・・・もうぼろぼろでしたけれど・・・

何故?このタイミングなの??って思えて・・・・

まるで、意志を持って自ら役目を終え壊れていったような気がして、

娘と二人で「破けた参考書」に深ぶかと頭を下げて

「ありがとう」を言いました(;^_^A



私に、桜貝のネックレスをくれた人は、

2年前の8月に、事故で亡くなりました。


脳内出血をおこし・・・・2週間近く、意識不明の状態が続いたあと、

静かに息をひきとったそうです。


事情を知る私のお友達から、亡くなったとメールを受け取った時、

ショックを受けましたけれど・・・告別式に参列するつもりはありませんでした。

もう・・・お互いに「違う人生」を歩んでいたし・・


それでも・・・

「私も一緒について行ってあげるから・・・最後くらいは

ちゃんと見送ってあげて・・・・」と彼女の言葉。

主人は・・・「心おきなく拝んでこい」


奥様が「とても・・とても優しい人でした」と・・・

中学になったばかりだという息子さんが

「お父さんのことが大好きでした」って・・・


遺影の顔は・・・とても穏やかに、笑っていたの。



もしも生きていたなら・・・思い出すこともなかったと思います。

もう、お互いに大切な・・「それぞれの生活」があったのですから。

でも、その人は、「急逝」することで・・・

私の記憶に、「当時の姿」と「思い出」を

強く強く、刻みつけていきました。



もうすぐ8月、

2回目の「命日」が来ます。



それでも・・・・今日、

桜貝のネックレスが切れて落ちたのは・・・・

「もう、忘れていいよ」と・・・「忘れなさい」と・・・

そう言ってるのかもしれません。


長い長い間・・・引き出しの奥で・・・・

「こころ」を持ったのかな・・・?

・・・・???つくも神?( ̄ー ̄;



明日もいい日でありますように・・・・