鉄筋コンクリートの大きな書店横のカフェで、僕は溶けて行くマンゴーフラペチーノを気にかけながら、窓の外に残された夏を見ている。
18時からのカウンセリングを待っているのだ。
人は知りたがる。そのくせ、知った後のことを用意していない。
本来計るべきでないものまで計り始めて、人は、何かに近付けたのだろうか。
知ることは罪悪ではない。知ったと思い違うことが罪悪なのだ。
僕は書店とカフェの間の小道を見下ろす。
この道は若い頃からの気に入りだった。無論、僕の若い頃にはこのカフェも隣の書店ビルもまだなかったのだが、この小道は存在していた。僕はこの道の先にある裏池袋の閑静な町並みが好きで、休日ともなればよく独りで散歩したものだった。
だから当然池袋は嫌いな町じゃない。人生の半分はここいらで過ごしたから。しかし今日、この街は今までとは確実に違った見え方をしている。それは街が近代化のあおりを受けて常に変わり続けているからではなく、僕の中身の話によるところが大きい。今度ばかりは僕は全てを終わらせなければならない、そう考えていたのだ。

この歳まで生きてきて、決してまじめとは言い難いが毎日ちゃんと働いて、なのに今夜眠る場所さえ決まっていない。いや、考えてみればずっと僕には帰る場所などなかった気がする。いつも借り物の部屋で借り物のベッドに眠る。人様の家の人様のベッドで眠る。
いつからだろう。こんな人生になったのは。いつからだろう。借り物の人生になったのは。
考えれば考えるほどに、僕にはそれが生まれて間もない頃からだったように思えてならない。
僕のいちばん幼い写真。あの今は亡き父の腕に抱かれ、中野の安アパートの前の駐車場で撮られた一枚の写真の頃から。
生きていても良いのだろうかと、度々人より聞く言葉だが、他人に迷惑がかからないのならば、生きていても良かろうと僕はそのつどこたえる。しかし、生きていて意味があるのだろうかと聞かれたら、果たして意味があるとは言い切れないところがある。
ただ単純に家族を食わせるためだけならば、金があれば良いというわけで、僕でなければならないというわけではない。
僕でなければならない理由。
もしかしたらそれが、あの写真の頃にすでに僕が失ってしまったものなのかもしれない。

誰かが言わなかったとなぜ言えるだろうか。もっと健康な子供だったら良かったのにと。




翌日は今年初めての冷たい秋雨が雷鳴とともに、朝から池袋の街を濡らしていた。
僕はいつものとおり10時には素泊まりの宿を追い出され、スーツケースを転がしながら近くのカフェまで移動した。
濡れてしまった服をうっとおしく思いながら、ブレンドを注文し、鞄の中の小説を読み終えてしまったことを思い出し、昨日のうちに書店に寄れなかったことを少し悔しく思った。
仕方がないので僕は記憶の中を整理しはじめる。この作業は通常、僕が最も避ける作業なのだが、その日は他にすることもなし、外は豪雨という運びで自分でも意外なほど素直にそれをはじめることができたのだ。
下手をすれば底なしの谷に堕ちて、上がってこれなくなるような、そんな危険な作業を。

僕は慎重に、選んで楽しいことを思い浮かべる。

初めて会った日のこと。
手をつないで歩いたこと。
笑っている。
ふざけている。
平和。
例えばこんな冷たい雨のふりしきる日に、慣れ親しんだ室の中で眠れるというようなことを、平和と呼んでも良いのではないか。ただそのような平和ですら、今の僕からは遠い。
いけない。
楽しいこと。

うれしいこと。

くちづけ。
ただそれだけで僕は幸せになれる。にもかかわらず僕の方は結局何もしてあげられない。
しかし限界があるのならば、そこまでだって良いのではないか。その限界まででいい。続かないことだっていい。
幸せを。

結局その日は夜までカフェに居たことになる。
雨上がりの街の空は未だ霧が降りているのか、月が出ているのにぼんやりと明るい。
綺麗な夜景。こんなにも街には灯りがともっているのに。どうして僕の帰る場所はないのだろう。
人は喋りたがる。伝えたがる。しかし本当に困りだすと近寄らない。言葉だけを置いて帰ってゆく。かなしそうな眉をしても、足取りも早く立ち去ってゆく。

たった一対の螺旋によって、位置付けられた僕の後生を、誰が当たり前と呼べるのだろうか。新しい劇を始めたいのならば、一度幕をひくしかないのだろう。ただその幕さえも、今の僕には重いのだ。
閉店の曲に追われるように飛び出した街には秋の風が吹いていた。僕はせめて上着を持ってあの家を出るのだったと思うのと同時に、こんな日々の中で季節を越えてしまったことに気づいていたたまれなくなった。
そしてその後襲ってきた頭痛に、鞄の中に手をつっこんでロキソニンを探した。

翌日の昼、僕はなじみのあるベッドで目が覚めた。真っ白な出窓についたレースのカーテン越しに柔らかな陽が射していた。
いつのまにか、来てしまったのだろうか。
あたりを見回したが部屋の主は留守のようだ。
きっと眠っている僕を置いて買い物にでも出たのだろうと思い、そうしたらなんだかすごく安心してしまって、またうたた寝をはじめる。
どこかの家からカレーを作る匂いがしている。まどろみの中に懐かしい香り。午後の陽にゆれる洗濯物。つかの間の平和。こんな幸せですら、きっと夜までには消えてしまうのだ。

哀しみはあるだろう。今も。振り向かずとも。
悔しさもあるだろう。この身体の中に。
しかしそれを感じるのは、今日ではない。
噛み締めるのは、今日ではないのだ。
今日はただ希望だけを想おう。
明日の先に眠る、未だ見たことのない希望だけを。


だんだんと堕ちてゆく眠りの中に、僕はひとつの景色を見る。
透き通った空に雲雀が舞っている。丘の上の家には少年が暮らしている。
僕は言う。良い夢だね。
争いという言葉すらない景色。川の畔で皆が昼寝をしている。
犬が吠えることもなくて、ただ雲だけが流れて。
僕は言う。良い夢だねと。
君は笑う。微かに。

良い夢だね。









どこかに正しい生き方というものが存在するのならば、僕の生き方は間違っていると言わざるをえないのかもしれない。
誰一人幸せにすることが出来なかった僕には、正しいと言い切れるほどの根拠がないのだ。
そりゃ君は昨日だって、あなたと居れば幸せなんてことを言うけれど、僕と居るよりもずっと幸せな未来があることが解っているのに、そうやすやすとは頷けるはずがない。
「馬鹿にしちゃいけない。僕だって一年生きて一歳歳をとるのです。伊達に四十年間も生きてきた訳じゃないのだ。身の程はわきまえているぜ」
すでに何杯目かの水になってしまったカウンターの上のグラスを空けて、さらに水を催促すると、店員が苦笑いしながら店の水はミネラルウォーターなのでそう何倍も飲まれたらかなわないなどと言い出すものだから、僕は顔を真っ赤にして勘定を払い、そそくさと店を出るしかなくなった。
「まったく、ケチくせえじゃねえか」照れ隠しに言った言葉すら、夕方から本降りになった雨の音に呑み込まれて消える。
見上げると大粒の雨がバーのネオンにはじけて、細かい光の粒が闇に舞っていた。
「伊達に四十年間も生きてきた訳じゃない」か。考えてみると僕は、今まで生きて来たのと同じ尺度でこれからの人生を計っていたのではないだろうか。今まで生きて来てこうだったから、だいたい後のことはこうだろうとか、これは無理だろうとか。決定的に違うものを見過ごして。
「これからの時間は変えられる」。僕はそこまで考えて、クスクスと笑ってしまった。完全に酔っているのだ。そんな子供じみた思想に食われそうになるなんて。現に見たまえ、今僕の財布の中には小銭しかないではないか、しかもそれを集めたって札一枚にもなりはしないほどの。貧乏は言葉ではない!貧乏はリアルなのだ!階級でもなければ生き方ですらない!貧乏、それは罪?否、それは罰?断じて否!貧乏、それは運命なのだ!!
「選べるものならば選んでみろってんだ!」足元の空き缶をおもいきり蹴飛ばそうとしたが、それは虚しく空ぶった。通りを行く若いカップルがそんな僕を見て見ぬ振りをしたが二人ともに肩が笑っていた。
もう悔しくも悲しくもなかった。
運命。
いつ頃から決まっていたのだろうか。
産まれた日に? それとも
気がつくといつのまにか雨はやんでいて、流れ逝く雲間に星さえ見えていた。
そのとき気のせいだろうか、ずっと昔に田舎で見た、スピカが見えた気がしたのだ。

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その辺に落ちている石ころをつかんで適当に投げてみれば、必ず不幸に当たる。そんな道を歩いて来たのです。そしてその道の先を未来と名付けて生きるのが少しだけ疲れてきたのです。
人は忘れない生き物です。忘れるには努力がいるのです。頑張って、頑張って、それでも忘れられないで、仕方が無いから忘れたふりをしていると誰かに「あんなことがあったのにケロリとした顔をしているのだからどういう神経だか」などと言われるものですから、そうなるともうどうすれば良いのか解らなくなり、結局はまた大声で怒鳴りつけてしまうのです。
人間関係なんて噛み合ないいくつもの歯車同士が、無理矢理自分を削って噛み合っているようなもので、それができないのならばそこから外れて一つで回り続けるしかないのでしょう。なんの目的もなく、なんの結果も出さず、ただ空回りをし続ける一つの歯車のように。

僕がこの世界から外れて、ただ回り続けるようになってから一年が経ちました。
一日の終わりに洗濯物が少し増えるだけで、それを週末にまとめて洗い、また次の週がはじまる。ただそれだけの生活。
金も底をついてもうあとは株を売るだけになりましたが、一株250円で買った株も、下がりに下がって一株80円となり、単純に考えても今売れば相当の損であり、しかし背に腹は代えられぬといったところで、これを金にするより他に方法が無いのです。
しかしその金でさえ数ヶ月も持つまいと思うと、いよいよ何かをどうにかしなければいけないのでしょうが、そのどうにかするべく何かにもてんで心当たりがつかず、何分そういったことに生まれつき頭が働かない性質なので、そうこう考えているうちにその「最後の日」が何だかずっと先の事のような気がしてきて、いつの間にかただぼんやりと風にゆれる木々を眺めているのです。
「人は何になりたかったのだろう」太陽と水だけで生きてはいけないのかしらん。見上げると太陽は眩しすぎて、しばらくは辺りが紫色に見えました。

こうしてただ公園のベンチに寝転がっていたところでやはり減るものは減るようで。そろそろ何かを食べようと通り向かいにあるストアに入って行くことにしました。そういえばと昨日の晩に思い出して、もう何年も使っていなかった郵便局の残高を今朝のうちに調べてみたらこれが三千円ほどあり、ありがたいとすぐに下ろして財布の中に入っているのです。
僕は固形の栄養補助食品と缶コーヒーを買ってまた元居たベンチに帰ってきました。そのとき不意に携帯電話が鳴りまして、観てみるといつかの女からの誘いでしたが、なにせ先立つものが無いのですから行ったところで女の金で呑むということになるわけで、そこまでして呑むというのは性に合わないものですから、都合のいい返事をして断りました。

その時にどこからかイカを焼く匂いがして来て、これはまったくイカを焼く匂いの他なにものでもないぐらいイカを焼く匂いでして。そういえば子供の頃、夏の祭りで何を買おうかと迷っていたところ、イカだけは握りしめた小遣いよりも100円ほど高くて買えなかったことを思い出しました。
そうして今でも同じような理由で買えないのかと思ったら、なんだか可笑しくなってきて、たまらずに独り夏空の下でクスクスと笑ってしまいました。

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何日か降り続いた雨が上がって、その日は朝からカラリと晴れた四月の空が広がっていた。
すぐ近くの商店街から流れてくるハワイアンを耳のどこか端っこの方で聞きながら、僕はベランダに椅子を持ち出して、ゆっくりと移動する雲を眺めていた。
風はまだ少し冷たく春とは言い切れない様子だったが、それでも時折何処かに花の香の混ざるところがある。
そう言えばと思って隣家の庭を見下ろしてみたが、しかしそこに咲いていたはずの白い大きな木蓮の花は今はもうなくなっていて、代わりに真っ赤なツツジが二株ほど蛍光色のような発色をして咲いていた。
つまらなかった。
僕はツツジよりも木蓮のほうが好きだったのだ。
手に持っていたペットボトルのソーダ水を一口含むと、細かい炭酸の泡が少しの痛みと共に喉の奥へと染み込んでいった。

前日の夜。珍しく仕事が早く片付いたので、帰りがけにたまには酒の肴でも買おうと近所のスーパーへ寄ってみた。旬の食材を使った総菜や刺身はどれも美味しそうだったが値段も高く、今の僕が買うことのできるものは少なかった。
それでも折角来たのだからと、安売りになっていた少量のカツオのたたきとジンを割るためのソーダ水を買って店を出て、古い店の多い商店街を僕は独り歩きはじめた。
苦しくはなかった。
困ってもいなかった。
僕は昔から金がある時はあるだけ使ってしまうが、無ければ無いで生きていけるというところがあった。
軽く小さな乳白色の袋をシャリシャリと鳴らしながら、僕は星を見上げて歩いた。
「人間だって同じことさ」
居る時は居るなりに楽しいけれど、居なくなったら居なくなったでやっていけるのだ。
僕は全てをなくしてしまった、この四月に。好きだった女も、わずかに残っていた貯金も。もう本当に何もなかった。

待ち合わせは土曜日の公園だった。初夏のような陽射しに照らされた黄緑色の芝の方々に、満開になった八重桜が咲いていた。僕は僕の部屋にあった女の物を、女は彼女の部屋にあった僕の物を、お互いに紙袋に入れて持っていた。それを交換する時、一度だけ互いの手が触れあったがそれだけだった。以前あれだけ交わしたはずのキスももうすることもないのだろうと思った。桜の下で女は美しかった。
女は何も言わなかったが、彼女のうつむいた下の土に幾つもの濡れた跡が出来ていた。僕は静かに「それじゃ」と言って女をあとにした。そうして一度も振り返らなかった。

商店街から路地を入り、安アパートの錆びた階段を上がって部屋に入ると、買って来たカツオとソーダ水を冷蔵庫に入れ、代わりに冷やしておいたジンの青いガラス瓶を取り出した。そしてグラスに大きめの氷を入れてそれを注ぐと一気に呑み干して、僕は外出着のままでベッドに仰向けになった。強いアルコールとジュニパーベリーの香りが、僕に考えることをやめさせる。
もう何もしたくなかった。ただ眠りたかった。何日も何日も、知らない土地を歩き続けて来たような疲れだった。薄れ逝く現実との境目に一度だけ行った事のある異国の島で見た、大きな赤い花が揺れていた。
その時、薄暗い部屋のテーブルの上で、小さく氷の割れる音がした。


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比較的大きな都会の交差点に立って四方を眺めると、僕は突然何処へも行けそうにない気がしてくる。もちろん道は遠くまで続いているように見えて事実そうなのだろうが、それが逆に終わりの無い、または終わりが遥かに遠い旅のように思えてきて、今までの自分の人生を振り返ると、たとえこの先へどれだけ進んでいったところで、さほど代わり映えのしないものなのだろうとそう思えてくると、なんだかもう、どちらへ進んでも同じような気がして、動けなくなるのである。
それでも春先の晴れた日や、月のきれいな夕べなどには幾分か心がはずむようで、空を眺めているだけで歩き出せる日もあるのだけれども、今日のように冷たい小雨のまとわりつく夜に、真っ黒なコウモリ傘の下で信号待ちなどをしてしまうともういけない。さらには行き交う車のテールランプが降る雨に滲んで、それが子供の頃に家族で海に行った日の帰り道、父の運転する車の中から眺めた渋滞の光の帯を思い出させるのものだから僕はつらくてたまらなくなるのだ。
あの時、自分は何があんなにも嫌だったのだろうか。
車酔いすることが嫌だったのか。
渋滞で普段ろくに会話もしない父が不機嫌になるのではと思うと気まずかったのか。
車内という閉鎖的で不自由な状態に、あと何時間拘束されたら許されるのだろうという不安が大きかったのだろうか。
それとも家族と一緒にいたくない、はやく独りになりたいという一心からなのか。
ただ独りになりたいと。
この星の上には群れをなして行動する生き物と、単独で行動する生き物とがいる。それは動物行動学的に見てもまったく確かなことなのだ。そしてその群れという行動自体が、生存しつづけようとする手段であったり、生殖面での有利性が元となっているのならば、果たして生存競争に勝とうとも増えようともしない僕という人間が、今までの人生において友達や仲間や家族という集団行動にまったく興味がないということもうなづける気がする。しかし死にたいのかといえばそうではなく、それが証拠に群れの短所である伝染による絶滅などという類の恐怖だけは僕の中にあるようで、たとえば真夏のグラウンドでスポーツの後に同性同士で回し飲みをするアレなどは僕にとっては非常におぞましい行為に値するのだ。
だから僕は風俗にも行かない。否、行けないのだ。それは店の衛生面がどうという話ではなく、単純に僕が臆病なだけなのかもしれないが、行けないのである。
しかしだからといって素人の女ならば幾らでも良いのかと聞かれれば、決してそういうわけではない。そこには当然素人ならではのあの約束事が付いて来る。
恋。
そして僕はこの恋という面に対しては、否、だからこそと言ったほうが良いだろうか、この恋ということに関してだけはどうも得意のようなのである。
それは先に述べたように、群れをなさない生き物が繁殖していくために必然的に備えているものなのかもしれない。事実、僕はある程度大人になってから今日までの間、女にふられたことがない。
だがしかしいくら女にもてたからといってもそれはただの機能であり、肝心の生存競争に勝とうとか、或は増えようとする意志自体が僕には相も変わらず無いままなので、良い思いをするのは恋に落ちるまでの話であり、それが愛に変わることなどなく、そのくせ最後まで格好をつけたがるものだから、その後の過程に於いては一般人以下、むしろ人並み以上に感情をすり減らし、嘘をつかされ、拾わされ、そうして捨てさせられるといったことがいつものことなのである。
なぜ僕は勝ちたくないのだろう。なぜ僕は増えたくないのだろう。
振り返れば道は黙ったままで真直ぐに過去に伸び、そうして向き直ると今度は目前に同じような道が続いていて、真っ赤なテールランプの群れが帯のように遠くまで伸びている。皆に未来と呼ばれながら。
僕はもう一歩も進むことが出来ない。
とくにこんな雨の夜は。とくにこんな肌寒い夜は。
四月の終わり、春の盛り。
虚ろな角度でアスファルトを眺めながら、未だ交差点に足止めされたままの僕の傘を、霧雨に変わった雨が音も無く濡らし続けていた。

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僕が親父の骨壺を受け取ったのは、東京駅の銀の鈴広場だった。待ち合わせの客たちで賑わったその中に、すでに叔父と叔母の姿があり。時間通りに来た僕に一度会釈をすると紫色の風呂敷に包まれた四角い箱をこちらに差し出した。受け取るとそれは思った以上に重く、風呂敷の取手として結ばれた部分を持って歩いたのではこれから先高松までの旅中に切れてしまいやしないかと思われたので僕は窮屈でも抱えて行くことにした。
岡山行きの新幹線に乗り込むと、遺骨を隣の席に置いて僕は買っておいた缶コーヒーのプルトップを開け、ゴクゴクと一気に半分くらい飲んだ。喉が渇いていたが高松に着いたその足ですぐに墓に入れる予定だったので、さすがに酒は遠慮したのだ。
一息ついてなんとなしに左側にある風呂敷包みに目をやると、結び目の奥に未だ白い布がのぞいていた。
五月の初め。旅行から帰って来て、国際空港からの列車の中で母親に電話をかけると、親父は既に死んでいて葬儀まで終わっていた。脳梗塞で倒れその後の二年半の闘病生活の結果、ミイラのようになってしまった親父。生きるというよりも医療によって生かされているその姿を、僕は旅行に出かける前に見舞っていたので、その知らせを聞いたとき悲しいという気持ちなど微塵もおこらなかった。僕はただ「よかったな。よかったな親父。おつかれさん。おつかれさん」とただそんな事を思いながら珍しくボロボロと涙を流して泣いたのを憶えている。

新幹線が岡山に到着したのは昼の二時の少し前だった。ホームに降り立つとあきらかに東京とは違う西の国のカラリとした白い陽射しが、透明な景色の中に落ちていた。乗り換えの時間がほとんど無かったので僕は早足で歩きながらマリンライナーの文字を追う。ほどなく乗り換えるべく列車を見つけ、無事に乗り込み骨壺を膝の上に抱えると、安心したのか急に眠くなり、高松到着までは一時間ほどあるということだし少し眠ることにした。前日までの仕事での寝不足と、今朝の早起き分を少しでも取り返したかったのだ。
三十分ほどたっただろうか、正確には解りかねるが、なんとなしに目が覚めた。体感的にもまださほど寝てはいないだろうと考えながらもむくりとシートに座り直すと窓の外には海が広がっていた。
瀬戸大橋。
初めて見る瀬戸内海の景色。キラキラと光る海面に飛び石のように突き出した大小の島々。それは普段景色などには興味の無い僕の胸をも踊らるのに十分な美しさだった。
そしてその時、同時にこの海は僕の親父が渡って来た海なのだと改めて感じた。
若かりし日の親父。親父は何を想って、そして何を捨ててこの海を渡ってきたのだろう。
ふと抱えた風呂敷に目がいく。
なあ親父。その想いは叶ったかい? あの人生で良かったかい? 日頃考えないようなおセンチな言葉が次から次へと浮かんで来て、僕は胸が苦しくなった。
親父。僕が知っているかぎり一度も渡り帰さなかったこの海を、今、息子の膝の上で渡る気持ちはどんなだ? ほら、今じゃ電車にのってこんな高い場所から見下ろせるんだぜ。親父の頃は船だったかい? 親父のことだからまたきっとキザに船の後ろの方で黄昏れていたんじゃないだろうね。
そんな馬鹿な考えもちらほら浮かんできたので、僕はもういちど瀬戸内海の美しさを眺めた。
ほんとうに。きれいだなあ。

夏の夕暮れ時だったと思う。玄関のチャイムが鳴ってガラス戸を引くと、見た事も無いおばさんが立っていて「坊や?お父さんいる?」と聞かれた。奥の部屋に呼びにいくと親父は昼寝をしていたらしく、それでもすぐに状況を把握して急いで玄関に出て行くと、そのおばさんと二言三言話をして一度部屋に戻ってから麻の上着を羽織って「ちょっと出てくる。お母さんには言わないように」と言い残して出て行った。僕は子供ながらにそのおばさんが、その頃毎晩のように夜中に酒に酔って電話をかけてくる浮気相手なのだということが解ったのだが、なにが悲しかったかといえば、その人が僕の想像していたよりも歳をとっていた事と、何よりも僕の好みではなかったということだった。
僕はたいそうつまらなくなり、薄暗い畳の部屋でうつぶせに寝転んで網戸にとまった黄金虫を見つめていた。

思えばあの頃あんなに嫌っていた親父のそんな行為たちも、今の僕からしてみたらまだずいぶんとましな方である。たとえ浮気をしていたって、ちゃんと家族の住む家に帰ってくる父親は、それだけで父親なのだ。父親なんてそれで十分。居続けるということ自体が重要なのだ。誉めてあげるべきなのだ。いや、少し言い過ぎたか。しかし考えてみたまえ、離婚しちまえばそれきりなのに、なんだかんだと言いながらもちゃんと休日には家でごろごろしていやがる。だがこの景色こそが家族の形、すなわち幸せの形なのではあるまいかと、近頃はそんな風に思える。
僕は膝の上にのった四角い箱を抱きながら
「まあ、あれで良かったのかもな。親父」などと語りかけると。高松までの数分をもう少しだけ眠ろうとまた目蓋を閉じた。

夏の日の夕暮れにヒグラシの声が響く中、母親が自転車を片付ける音が聞こえた。
僕はいそいで玄関まで行くとガラス戸を引き、笑って「お帰りなさい」と言った。

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僕はもういけない。
自分が死ぬ理由を探しても見つからないものだから、他人を使ってまでその理由ってのを作ろうとしているのだ。
逃げろ、逃げろ、僕から逃げてくれ。何人も近づいてはならぬ。今の僕は蟻地獄なのだ。落ちてきた君たちをやさしく上へ返すことなど出来ない。生まれつき君たちを喰うように出来ているのだ。さあ、離れてくれ、僕のそばから。まだ間に合ううちに。
僕は跨線橋の真中あたりまできて、向こうの景色がぐにゃぐにゃに歪むのに気づくと、たまらずにその場で泣き崩れた。その時、東京方面に向かう中央線がその下を大きな音をたてて通りすぎていった。

荻窪の駅から電車に乗り、不自然に汚れた膝の泥を気にしながらそれでもすました顔で中央線に揺られて、自分の部屋についたのは16時近くだった。
シャワーを浴び、真新しいバスタオルに顔を埋める頃には僕はまたいつもと変わらない僕に戻っていた。
クローゼットから奇麗におりたたんだボタンダウンのシャツを取り出し袖を通すと、ブルガリの香水をひと吹きだけ胸につけ、ゆっくりとボタンを合わせる。
ベランダへ出ると、夜風はもう秋を通りこして冬の生真面目さを帯びていた。
遠く池袋の街の空に青く夜が降りている。
「さようなら。僕はふざけ過ぎた」
誰にともなくつぶやいた言葉が、ただ星と星の間を渡ってゆく。そんな気がした。

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「不幸を選んでそうなった者と、選べずになった者が同じであるはずがない。 選択できたからこそ辛いのだと言いたいのかもしれないが、選ぶことすらできなかった者の前では君、あまりにも無力だぜ。 それから彼らは君をキザだと笑うが、それは笑うことじゃない。 君の言葉でどれだけの女が助けられたことか。 キザは弱さじゃないからね。 まったく世の中にはキザなヤツが少なくなったものさ。 その点君は上出来さ。みんな責任をとりたくなくて事実しか言わない。だから真実はいつもぶらさがったままで、熟れた時期を過ぎて腐っちまうんだ。 そこで君はその実がいちばん美味い時期にだな、優しくもいで食べさせてやっているだけなんだな。うん、いいかい、僕から言わせたら彼らのやっている事のほうが断然悪だぜ」
ほんの数時間ほど前にバーで知り合ったどこの馬の骨とも解らない男が僕のことを根掘り葉掘り聞き出し、酔っぱらった挙げ句の果てに、それでも真面目ぶった顔をして吐いた言葉だった。
「なるほど。確かにキザなことは弱さじゃない、それはそうだ。しかし今話しているのはそんな事じゃない。単純明快なことさ。今の僕のような人間と接触すれば、不幸になるより仕方がないってことさ。そりゃ口では不幸でもいいなんて言ってはいるけど、心の中じゃ幸せになれるかもしれないなどとどこかで思っているのさ、誰だってね。でも確実に不幸になるしかないと解っている方からしたら君、触れることは罪ではないだろうか」
僕の言葉が終わらないうちに男はニヤニヤと笑い出し、自分のグラスのスコッチを飲み干した。
「君は良いやつだ。良いやつだが、弱虫だ。キザで弱虫でどうしようもない意気地なしだ」
僕は弱虫と意気地なしはどちらかで良かったのではないだろうかと思いながらも反論する気力がなかった。というよりももうどうでも良くなっていた。事実、こんな男の言う事よりも、昨日の夜の出来事を思い出していた。
霧雨の降りる街で、女は僕の腕にもたれていた。女が濡れるといけないので、僕は自分の上着を肩にかけてやった。
「僕のようないろんなものを背負い込んでる男を、今更好いてくれる女なんていやしないさ。君、からかっちゃいけない。君のような美人にからかわれちゃ、僕みたいな者は地獄だ」
そう言っても女はますます真剣に見つめ返すものだから、僕は緊張のあまり口の端を変なふうに曲げて、それでも精一杯のキザな微笑みを浮かべるしかなかった。

君、本気にするぜ?

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かさかさという物音に気がついて目覚めると、朝方の青い光の中で彼女は台所に立っていました。私は横になったままで目を開けて、すぐに自分が知らない部屋で寝ていたことを思い出しましたが、とりたてて驚きもせずに、ベッドから見えるその白い二の腕の動きをただ何も考えずに見つめていると、そのうちに肌寒い朝の空気の中に梨の甘い香りがまざりはじめました。梨は昨晩ここへ来る途中で、比較的大きなスーパーで彼女が買ったものでした。
「あ、起こしちゃいましたか?」彼女が近づいてきて、ベッドの空いている部分に座りました。
「いや、もう眠くない。もう起きたよ」
「梨、剥いてみました」
私は朝起きてすぐに果物を食べるのが苦手でしたが、薄青い光の中で皿の上に並ぶ、きれいに剥かれたその真っ白な果実を見ると、なんだかとても美しく思いどうしても触れたくなって「それじゃ、ひとつだけいただきます」といって、その一切れをとって軽くかじりました。
甘くさわやかな香りを含んだ冷たい果汁があふれ、乾いた口に染み込むようで、生まれてからこんなに梨が美味しいと感じたことはありませんでした。
「もっと食べたらいいのに。嫌いですか?」
「うん。好きだよ。すごく美味しい。でも、今はもういい。ありがとう。僕のことは気にしないでどうぞ食べてください」
私はもっと食べたいような、それでいてやはり、ほんとうに一口で良いような気がして、少し悲しくなりました。
なぜ自分はこういう時に、もっと欲しいと言わないのだろう。もっと欲しいと言ってこの場を盛り上げないのだろう。そしてなぜ自分の中の欲しいという欲求はすぐにどちらでも良いものになってしまうのだろう。思えば私は小学生の頃から、周りの学友たちがこれから大いに遊ぼうという時に、はじめこそは自分も本気でやる気なのですが、それが盛り上がれば盛り上がるほど、心のどこかではどうでも良いことになってしまい、そのうちにあきらかにくだらないことに思え、彼らの遊びが頂点に達するころには、すっかり馬鹿を見るような目つきでただそれを遠くから見ている、とだいたいこんな子供でした。そして今もそれは変わらないことなのです。
私は急いで自分の中に欲求を探し、彼女に近づいてキスをしました。そしてその数秒後に私の中でそれが正しかったのだという感覚が芽生えました。
それから1時間ほど経って私は彼女をベッドに残したままで独り服を着て上着を羽織りました。梨は皿の上でひとつも減らずに少しひからびたようで、なんだか気の毒な気持ちになりました。
私が玄関に立つと彼女も玄関まできてくれて、一言二言言葉を交わして、またキスをしました。そうして少し微笑むと「それじゃ」などと何の色気も無い言葉を残し、冷たいドアノブをまわして外に出たのでした。
キス。
私はこういう時でさえ、このような行為をしているのは自分ではなくて、自分は少し離れた場所でこの男を見ているような。いえ、この男をさえ見ておらず、むかし見たフランス映画の主人公か、もしくは学生の頃に読んだ純文学に出てくる優男のような者を思い出しているのです。
そうして後になって、まったく二時間か三時間経って、ようやく自分のしたことを思い出し、なんとも口惜しい感覚に襲われるのです。

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久しぶりに何も用事のない日曜日だった。見事な冬晴れではあるが、しかし風は刺すように冷たかった。
その日は昼近くに隣家の目覚ましの音で眼がさめて、さすがにもう寝直す気分でもなくなり、顔を洗ってコートをひっかけマフラーを首にぐるぐると巻いて外に出た。立ち食いの店で軽く蕎麦を食べ、商店街をぶらぶらと川の方へと歩いて行った。橋の上から川面を眺めると、鴨が数羽しきりに藻をつついている。水が冷たかろうに鴨は寒さを感じないのだろうか。
思えばこうしてこの橋の上から、最後に景色を眺めたのは八月の半ばだった。
真夜中で、酒に酔っていて。鈍い光を反射する水面から眼を上げると、川縁の青白い誘蛾灯に大きな白い蛾が何度も何度もぶつかっていて、そのうちに力尽きて、そうして暗い川へと落ちて行ったのを見た時、なんだか自分の身代わりが落ちていったような気がして独り橋の上で泣いたのを憶えている。
あの夜から今日までのわずかな月日にいろいろな事があった。いろいろな夜が朝があった。しかし今はまた何もなくなった。そしてそうさせたのは他ならぬ自分であることも解っていた。
「すまない。僕は、こういう生き方しか出来ない」
君が想像する以上に僕は薄情だ。君が考えるよりもっと僕は思い出さない人間なのだ。この事に関しては、どんなに低く見積もってもらっても必ずそれ以下であるという自信がある。良かった日も、楽しかった日も、君に触れたことも、触れられたことも、僕は思い返さない。まるで思い返さない。もしも人の記憶が繰り返し思い返すことによってのみ定着するのならば、果たして僕に思い出が少ないのは当然のことなのだ。記憶障害なんて嘘だ。自分で解っている。どうして人との思い出が無いのか。それが証拠に憶えているのだ。鮮明に。人との記憶以外は。深夜の闇に浮かぶあの満開の桜の花の妖しさを、美しさを。しんしんと降る雪の中で見つめていた深雪の畑を、その怖さを、儚さを。もっと少年の頃、真夜中に布団の中で聞いた遠くを走る貨物列車の音を、その時の何か初めなければならないという焦りを、もどかしさを、希望をまで。僕は憶えているのだ。
だからすまない。ほんとうにすまない。

私は橋の欄干から手をはなし、もう少し商店街を歩くことにした。
洋菓子屋の店頭にはサンタクロースが飾られていて、ショーケースの中のケーキにはチョコレートで出来たプレートがのっていた。
気がつけばいつの間にかジングルベルが流れている。
「寒いな」
自動販売機のコーヒーを買おうとしてポケットの中をさぐると、指先に小さなビニイルがあたった。取り出してみるとそれは檸檬味のキャンディで、女がいつか私にくれたものだった。
私はコーヒーを買うのをやめて、包み紙をやさしくほどき、中身をそっと口の中に入れまた歩きはじめた。
キャンディは舌で転がす度に甘く酸っぱく、私を少しだけ陽気にさせる。しかしこの気持ちだってキャンディが無くなってしまえばたちまち忘れてしまうのだ。そう考えるとなんだかまた悲しくなり、私はキャンディをガリガリと齧ってすぐに呑み込んでしまった。
Merry Xmas!
ほとんど発作的に、通りすがりの学生たちに声をかけた。
学生たちはなにも言わずに急に早足で歩き、少し離れた場所で振り返って、ただクスクスと笑った。

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