娘がふっと、「おかあさん、私が風邪ひいてしんどい時、玄米クリーム作ってくれたよね。玄米クリームってどうやってつくるのん?」と尋ねてきました。それで簡単に作り方を説明。
 幼い時に過食やなあ、夜ふかしやなあと思ったら、大概数日後に熱を出しました。そういう時には玄米クリームを作って食べさせると、楽に風邪を経過できました。
子供心に魔法のスープなのかも。
  
病気のデパートだった自分が、諦めていた子宝を授かり、こうやって今いられるのは、マクロビオティックのおかげです。
それに感謝しつつ、自分や家族の体調の変化に気を配る日々です。
食薬は臨機応変、その時、体が要求していると思えば、肉もいただきます。その時には、野菜もかならず多い目に摂ります。

24年ほど前に、指導者について初めてのマクロビオティックの食養生をしました。
私が一番最初にいただいた食箋(食事のアドバイス)の中には、鯉こく、シジミ汁、白身のお魚などもありました。
マクロビオテイックといえば完全穀菜食とおっしゃる方もいるようですが、私の場合はじめから完全穀菜食していません。それがその時の私の体へのベストチョイスで体が必要としていたからです。
そして長年の病がみるみる改善されていきました。

私にマクロビオティックを教えてくださった先生は、桜澤先生の直弟子の先生でした。
桜澤先生の人となり、ご著書の行間を読み解くことで磨かれる判断力。
ただ、本に書いてあるからその通りすることが正しいと盲信してしまいがちな、学校教育の弊害についても語られ、ハッとしました。

私は、マクロビオティックは”道”だと認識しています。


最初の養生食で、健康を手にすることができました。
そこを真ん中にして、陰により、また陽によりと行きつ戻りつしながら、
自分の体感・判断で道幅を広げ、遠くを見渡し、近くも見る。

道は同行者もいるでしょうが、教えで囲い込むことなく、一人山の高み、人生の終着点を目指して歩くものだと思います。


時々、道の途上に、よそさんの思いが、案内板のように上がってくることがありますが、そこから学びのきっかけをいただき、新たに道幅を広げ、そこで”遊び”が生まれてくると思っています。
ある物事の良い面悪い面、明るい面暗い面その両方を見る癖がつくと、洞察力も磨かれるように思います。

 



批判・不満・誤解は耳が痛くとも、突破口をみつけようという思いが、
和合の始まりではないかと思います。

娘の一言から、自分の腹で納得したことを大事にしようという思いを新たにしました。
背負うた子に元気をもらいました。^^