そして今回の目玉・参加型シアターは「未来シアター」というものです。
 
 最初の部屋で、シアターに通信するために、スマホの操作の説明を受けます。通常は自分のスマホで通信するのですが、スマホを持っていなかったりスマホがうまく反応しなかった場合はタブレットを貸し出してもらえます。
(私のスマホは新しいのに、なぜか正常に反応せず、夫の古くて安価なスマホが反応したのは意外でした)
 
 そして部屋を移り、いよいよメイン会場!
 大きなスクリーンに2025年生まれの少年「テッド」が、2035年から通信してきます。
 そして「2025年の皆、お願い!僕の将来を変えて」と語りかけてくるのです。

 彼が言うには「生まれたときから一人一人の健康に合わせたカリカリごはんを、いつも一人で食べている。おかげで病気にはならないけれどつまらない。本当の美味しいご飯を美味しく食べたい。お願い、未来を変えて」
 すると進行役のお姉さんが「A 町全体がみんなの健康を考えてくれる未来・ ヘルスケアシティ」「B  皆で健康な野菜を育む未来・グリーンシティ」「C 皆の食卓が繋がる未来・シンクロシティ」を提案します。


 そして「未来クリエイター」と呼ばれる参加者の私たちが3つの中から良いと思うものを選択し、自分のスマホまたは貸し出しのタブレットで送信するのです。

 集計結果が画面に表示され、一番多かった選択肢が2035年に実現するという内容。

 そしてテッドはもうひとつの「お願い」をします。
 「ぼくのいる2035年は、生まれたときからAIに将来の仕事を決められている。好きなことができないなんてつらい。皆、ぼくの未来を変えて」

 お姉さんの「あなたの将来の夢は何?」という質問に対しては「いっぱいあるな。世界で活躍する科学者、町を守る消防士、楽しい町を作る建築家」。
 そして提案された未来は、「A  学びの幅を広げられる未来・ポータブルナレッジ」「B  身体でできることを広げられる未来・ケイバブルデバイス」「C  世界との繋がりを広げられる未来・グローバルコラボレーション」。
 ここでも私たちはひとつを選択し、一番多かった選択肢が2035年に実現する。そしてテッドからお礼を言われるという流れです。
 
 三択が2つあるので、組み合わせは9通りですが、シアターではこれらを3つに分け「ワクワクの未来」「イキイキの未来」「ワイワイの未来」と呼んでいました。
 
 そしてお姉さんからの呼びかけ。
「未来はいくつもの発明と発見から、希望を持って生まれてきます。私たちは未来に責任があります。未来は皆さんの選択と意思で手に入れるもののようです。与えられるものではなく」「世界中のみんなが選ぶ未来。楽しみですね」
 

 

 このシアターを見て、1985年つくば科学万博のNECパビリオンを思い出しました。

 詳しく覚えていませんが、そこでは3人一組の座席で1台の機械を操作し、スクリーンのストーリーを見ながら三択の連続。多数決で全体のストーリーが変わっていくというものでした。ひとりで参加した私はお人好しにも、ふたりで来ていた女子中学生に三択の権利を譲ってしまい、面白くない思いをしたという・・・苦い思い出ですショボーン

 
 シアターを出ると、6月にも訪れたブースです。
 
 私はこの「パラレルツアー」を、どうしてももう一度見たかった(ついでに動画を撮りたかった)ので、念願が叶って満足です。皆さんにもお届けしたいので、ここにアップします。
 

 
 

 
 

 

 6月のレポートにも書きましたが、大量の二酸化炭素を小さなコンクリートに閉じ込めることができたら地球温暖化も止められるし、素晴らしいことです。

 でも、それが実現するまでの間にも温暖化はどんどん進んでしまいます。2025年の異常気象は特に酷いものでした。クマ被害も、一番大きな原因は異常気象のようです。なので、企業の努力をあてにせず、環境のためにできることを一人一人が実行しなければいけないと肝に銘じました。真顔

 

 ちなみに、この小部屋内に4つある座席は、このCPコンクリートでできているのですよニコニコ

 

 

 

 そして・・・他は6月に見たから素通りして・・・と思っていたのですが、何やら初めて見るコーナーがあって、興味があったのですが「待ち時間が20分。体験時間と合計すると閉館時間になる」と聞いて断念。だって、「未来の都市」を出て先ほど一部しか見られなかった「フューチャーライフビレッジ」に行きたかったから。

 

 大阪・関西万博でイチ押しのパビリオンを出るのは後ろ髪を引かれる思いでしたが、20:30に急いで退出。

 

 そして向かいにあるフューチャーライフに行ったのですが、何と真っ暗。聞くと、ここは20時までだそうです。そんなぁ・・・ガーン

 

 だったら、さっきのコーナーで待って時間ギリギリまで何かを体験したかったのに・・・。

 

 

 もう、入れるパビリオンもないので、大屋根リングに上がり、ドローンショーと各パビリオンのライトアップを見ながら急ぎ足で東ゲートに向かったのでした。

 

 

 以前もどこかで書きましたが、大阪から富山に向かうバスは2本ありますがどちらも出発が早い。そのため6月は19時に会場を出ると決めていたのです。18:30にアイルランドパビリオンを通りかかったとき、「次の案内は19:30」と言われ断念。その後、アイルランドパビリオンが大人気・超難関パビリオンになって、悔しさ倍増です。

 そのときに、今回使った手「京都まで電車で行き、そこから23時台のバスに乗る」という方法を思いついていれば・・・とほぞを噛む思いです。悲しい

 

 

 ・・・長かった私の「大阪・関西万博奮戦記」ですが、レポートはいったん終了します。

 ここまで読んでくださった方々、本当にありがとうございました。

 

 まだまだ、万博に関することで投稿すると思いますが、その際はよろしくお願いいたします。

(次は、重症である「万博ロス」についてかな?)