辻斬り書評  -2ページ目

「金春屋ゴメス」西條奈加 / インスタント時代劇装置

日本ファンタジーノベル大賞受賞作。

この賞はコンスタントに佳作を輩出しているよね。いまやエンタメ部門では最も信頼できるレーベルでしょう。



さて。

現代人の視点や感覚を時代小説に持ち込みつつ違和感なく成立させることは実は非常にテクニカルな問題なのだが、本書はあたかもイタリアにおけるバチカンのごとく、現代日本の腹中に「江戸」なる独立国家を懐胎させるというアクロバット技を用いて、なんなくそこを素通りしてしまった。

ここまで正々堂々と信号無視されてしまうと、かえって清々しいというものである。


もう少し詳しく説明すると、関東地方のどこかに江戸時代をそっくり再現した社会が半ば鎖国状態で存在しており、日本との間でささやかながら物的・人的交流が保たれている、というのが物語の前提となっている。

その「江戸」国家も建国からすでに数十年を経て、安定的な自給自足圏として独自の文化を保持し続けている。

そう、そこは時代劇さながらの世界なのである。


アナクロ至上主義の「江戸」には当然ながら電化製品やその他の文明の利器は存在しないし、医療だって近代化する以前のレベル。

かつての江戸に存在しなかった技術は排除され、隣国日本と交渉を持ったことのない住人も少なくない。

そんな半異国に日本の一青年が移民することになり……というのがストーリーの流れなのだが、なにしろ「江戸」は上記のような有様なのでカルチャーショックありジレンマありで、本筋以外の部分でも楽しめたりもする。

というか、小説の本筋自体はそれほど凝ったものではなく、突飛な設定という素材を過不足なくきちんと生かしたものになっている。

……というだけでは不親切なので、作中のわりと初めから明らかにされている事柄をちょっとだけバラしてしまおう。

「江戸」と日本をまたぐ主人公の幼少期の秘密が物語のキーだ。

彼の失われた記憶をたぐる過程で、「江戸」を揺るがす大事件の背後にある謎が明らかになるのかどうか、というところ。

あとは読んでのお楽しみ。


「江戸」の限定的な領域でどうやって高自給率を維持しているんだとか、国境管理は具体的にどうしているんだとか、持続的な貨幣供給は可能なのかとか、意地の悪いツッコミはいくらでも入れられてしまうのが僅かに難点ではあるものの、そんなことは気にさせないだけの筆運びではある。

時代小説は読みつけないので、となんとなく避けているような人には格好の作品かもしれない。

個人的には「物語世界の重心点たるべき、荒ぶるゴメスが全然描き足りていないじゃないか」と注文をつけておこうか。



オススメ度★★★



金春屋ゴメス (新潮文庫)/西條 奈加
¥540
Amazon.co.jp




教えてもらいました

エア新書

1時間ぶっ通しで、20冊も作りまくってしまいました。

辻 斬人で出ています。


誰かエア書評してくれないかしら?



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テンションが落ち着いたあとに改めて並べてみると、いやはや出来が悪いなあ。
あ、ふたつもネタがかぶってらー。

明けましておめでとうございます

昨年中は特にお世話にもならずお世話もせず、ブロゴスフィアの深海に横たわっていましたが、今年はたまに更新していきたいと思っています。


というのも、あることがきっかけだったのですが、それは年末の深夜番組で観た「ミスティック・リバー」に起因するのです。

なかなか印象的だった同映画を、さぞや滋味深いであろうデニス・ルヘインの原作で丹念に味わい直してみようと思い立ち、さっそくアマゾンでタイトル検索をかけてみたのですが、まず最初にDVD盤がリストアップされてきたので「どれどれ、感想でも見てみようかな」とクリックしてみたわけです。

するとそこに立ち現れたのは、原作者にまるで言及せずに、映画監督のクリント・イーストウッドと作品を重ね合わせて語る阿呆どもの群れ。

実に救いがたい光景でした。


原作者や共著者でもないかぎり、監督などというものは単に作品を解釈し、再構築してリリースする媒介でしかありません(もちろん相応の能力が要求されますが)。百歩譲って脚本に仕立て直したのならばまた話は別だけど、作品性を問うならば先ず第一に原作および原作者に当たるべきなのです。

映画監督に与えられるべき評価の対象とは、役者にとっての演技と同じようにあくまで技術的側面にであり、プラス、それらを可能ならしめる諸要素なのです。


というわけで、ただいま原作を賞味している最中です。

読了後、近いうちに書評を掲載したいと思います。

んでは。


ミスティック・リバー (ハヤカワ・ミステリ文庫)/デニス ルヘイン
¥1,029
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ミスティック・リバー 特別版 〈2枚組〉 [DVD]
¥2,680
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白河の清き流れに棲みかねて……

毎度お久しぶりです。

もう随分前から休眠ブログと化しているのに、なぜか読者登録の申請はちらほら頂いております。

なんとも、ありがたくもお恥ずかしいかぎりです。

そしてgoldiusさん、いつもコメント&トラックバックに気づかないで申し訳ねーす。



てなところで。

最近はそうですねー、胸が躍る小説に出会ってません。バイオリズムも物語を求めていない時期に来ているようで、この方面は丸っきり沈滞しております。

貸してもらった北方謙三の「三国志」も、予想通りクソおもしろくないですしねえ。

本当によくもまあ、こんなくっだらない小説が書けるもんだ。

彼を読むといつも「ある種の驚嘆」を禁じえないのですが、それは端的に言って商業的に成功し続けている泳力と、ゴミのような小説でもコンスタントに生産し続けられている馬力の二点に集約されます。

僕の主観なんざ、この事実の前では屁のツッパリにもなりませんよね。

どれくらい驚嘆させられているかというと、「プロ」のひとつの形態として彼を賞賛するにやぶさかではないくらいです。

赤川次郎はその著作数において本邦屈指のモンスターですが、彼には遠く及ばないにしても北方謙三も相当のものではないか、と好悪の感情を超えて評価しつつある今日この頃です。

北方謙三ファンの方がいたらゴメンなさい。


えー、さて。

語るに足る(いやはや、毎度エラソーにすいやせんねえ)読み物としてこのところ白眉だったのが、田沼意次関連の著作群です。

田沼はいわゆる汚職政治家の代表的存在で、皆様ご存知のとおり、賄賂まみれの俗物として巷間に流布しておりますわな。

ところがどっこい、経綸家として彼を高く評価する学説も一方ではあって、研究者筋ではむしろこちらのほうが優勢なんだそうな。

僕も何冊か読んでみましたが、たしかに田沼はちょっと時代離れした発想の持ち主で、これは元々が下級武士という彼の出自がそうさせた部分が大きかったみたいですね。

当時の幕閣は錚々たる面々(禄高あるいは家格の点で)が任じられるポストでしたから、農業に根ざさない田沼の思想はさぞかし異端に映ったことだろうと思います。

彼の事績として代表的なものを挙げると、町人資本を積極的に活用して行われた印旛沼をはじめとする各地の開拓事業、いわゆる規制緩和を行って活発な商活動を奨励し、農本社会からあらたに徴税層を創出した(闇経済であったモグリの売春婦までも体制に組み込むくらいだから徹底している)税制改革、功罪相半ばではあったものの関東の金経済と関西の銀経済を連結することに成功した通貨改革など、この時代にあっては画期的な政策を多々打ち出しています。

おまけに数十万単位の移民を動員して蝦夷地(北海道)を開発しようと画策し、調査団まで送り込んでいたんだから驚かされます。

つまり重農主義が行き詰まりを露呈し始めた江戸中期の社会情勢にあって、思い切って重商主義に舵を切った開明的な政治家だったんですね。

残念ながら田沼の失脚直後に行われた寛政の改革、これがゴリゴリの保守派・松平定信が断行した反動政治みたいなもので、田沼が道筋をつけた経済路線をそれこそ粉微塵にしてしまいます。

おお嘆かわしきや、新時代の幕開け未だ訪れず。ムム、無念……。



どうです?

けっこう目からウロコでしょ?

田沼意次の名に付いて回る汚職や収賄についても、落ち着いて考えてみると確かにそうだよね、程度問題なんだよなー、と納得のいく説明があったりします。

へえ、と思った方は下に紹介する本を手にとってみてくださいね。

江上照彦「悪名の論理」なんかはかなりの田沼贔屓で楽しいですよ。

あ、ちなみに佐藤雅美の本は小説としては四流ですのでご用心。

山本周五郎、村上元三の各小説は僕も未読で、これから読む予定です。



そうそう、前の記事で少し触れていた福田和也ですが、「もっと枚数を使って本格的に論じてくれなきゃヤダ!」と一言申し述べさせていただきますー。





山本周五郎「栄花物語」


大石慎三郎「田沼意次の時代」


悪名の論理―田沼意次の生涯 (中公新書)/江上 照彦

¥840
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田沼意次―御不審を蒙ること、身に覚えなし (ミネルヴァ日本評伝選)/藤田 覚

¥2,940
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田沼意次と松平定信/童門 冬二

¥1,680
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天明蝦夷探検始末記―田沼意次と悲運の探検家たち/照井 壮助

¥3,990
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田沼意次―主殿の税 (人物文庫)/佐藤 雅美

¥798
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田沼意次/村上 元三

¥2,940
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まあ、なんですな。

最近語りたくなる小説に出会っていないかったり、小説から離れて専門書や実用書を読むことが多かったりで、ますますブログと縁遠い毎日を送っております。

近所の大学に、ちょっくら経済学を勉強しに行ったりしてるし。

goludiusさん、コメントとトラックバックに気がつかないでスンマセンしたー。

読んで得する本でしたよね、あれ


というわけで、久しぶりにパパッと殺陣をば。



「逃げ出した秘宝」「最高の悪運」ドナルド・E・ウェストレイク


毎度おなじみ、ドートマンダー・シリーズ。この愉快な泥棒シリーズの醍醐味はシチュエーションの妙なんだけど、今回読んだ2冊は両方ともなかなかの出来。

仕事ついでに盗んだ指輪がとんでもない代物で、複数のテロ組織やFBIからそれこそ死に物狂いで追いかけられるドートマンダーが、大々的な取り締まりのとばっちりを受けてチンチン沸騰している街中の悪党連中からも追われてしまう、「逃げ出した秘宝」。

いずれの陣営も犯人捜索に血道をあげるなか、ニアミスありスウィングバイあり、薄氷を踏み脂汗にまみれながら何とか切り抜けようとするドートマンダーの運命やいかに。

今回の味方はケルプたったひとり!


「最高の悪運」は、シリーズの中でも指折りの佳作かもしれない。運の悪さにかけては世に隠れなきドートマンダーではあるが、まさか盗みに入った先で逆に奪われる羽目になるとは!

しかもそれは、幸運の願掛けに、と恋人から贈られた大事な大事な代物。

こりゃ許せん、と奪回に燃えるドートマンダーだが、なにしろ相手は世界を飛び回る富豪ビジネスマン。今日はN.Y、明日は海外、4日で帰って西海岸、急に変更ワシントン、その後の予定は秘書でも知らぬ、といったようなすさまじい有様。

居場所をつかむだけでも大変なのに、当の相手に仕返しを勘付かれたドートマンダー、いったいどうやって盗み返すのか、はたまた盗み返せないのか。三々五々に集まってくる仲間たちの心根も楽しい、シリーズ中興の一冊。




ポンペイの四日間 (ハヤカワNV)/ロバート・ハリス

¥903

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古代の世界で実しやかに繰り広げられるミステリってのは面白いよねー。

ときは西暦79年、ローマ帝国は南に位置する都市ポンペイ。左様、ヴェスヴィオ火山の大噴火によって都市がまるまる灰燼に帰したあのポンペイですぞ。しかも、物語は噴火の2日前から時を刻み始める。

前任者の失踪をうけてはるばる派遣された新任の水道官アッティリウスは、おりしも発生した(ローマが歴史に誇る)水道の不具合を調査すべく山に分け入る。

これ実は、火山活動で隆起した地層が水源地近くで地下水道を破損したことが原因なのだが、そんな不穏なプレリュードなぞてんから知らぬアッティリウス、若いとは申せ、名誉ある水道官の家系に生まれた者の沽券にかけて、なにやら意を含むところのある部下や油断ならない街の実力者たち相手に、堂々の立ち回りを見せようというところ。

と同時に、確実に忍び寄る天変地異。大地の異常現象と人間(じんかん)の異常現象とのあいだに横たわる謎と危機。はてさて若きアッティリウスは任務を全うし、生き延びることができるのか。

「博物誌」の著者にして当地の水軍司令官である、かのプリニウスを軸にして進むサイドストーリーも光る。



荒ぶる血 (文春文庫)/ジェイムズ・カルロス ブレイク

¥800

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任侠漫画のタイトルみたいな名前やねー。ということで、J・C・ブレイクの本邦第2訳目。

先に読んだ「無頼の掟」はアウトローの青春ロードノベルで、血と汗のバイオレンス(ノワール風味)にそこはかとない甘酸っぱさを漂わせた、プリンに醤油をかけて食うが如き非対称さが功を奏した逸品だったが、今作は「おいしいカレーを作ってあげるね」と出されたのが名店のレトルトだった、といった風の、美味しくいただけましたが心はあまり弾みません的な内容。

いや、パクリとかそんな意味じゃござんせんよ。味付けの妙が当人の手によらない、というだけで。一言で片付けてしまうと、主人公の造形が借り物みたいでつまらない。でも、料理としてはそこそこいける、みたいな。

次回に期待。




てなあたりで肩がこってきました。

いま傍らに置いてあるリチャード・ハワード「囚人部隊誕生」、遠藤周作「反逆」、成田良悟「バッカーノ」、福田和也「第二次大戦とは何だったのか」については、また次の機会に。

明日かもしれないし、来月かもしれないけど。

「第二次~」についてはちょっとだけ語りたい気もするので、比較的近い時期にするかもしれませんねえ。

ロバート・ウォード「四つの雨」については時宜を逸したので、もう書かないでしょう。だけど★5つを献上。男子不惑を超えたらば読むべし。何も感じなかったら木石。ンな人とは話しもしたくない。

僕もまだ20代だったら、おそらく本書の滋味は味わえなかったでしょうねー。カニミソ、いやいやサザエのキモの苦味を芯から美味く感じられるくらいに酒舌が成熟してきたら読みどきです。


そうそう、上に上げた4冊は「最高の悪運」が★4つで残りは★3つでした。



第二次大戦とは何だったのか (ちくま文庫 ふ 37-2)/福田 和也

¥777
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四つの雨 (ハヤカワ・ミステリ文庫 ウ 21-1) (ハヤカワ・ミステリ文庫 ウ 21-1)/ロバート・ウォード
¥798
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さようなら、上田現

元レピッシュの上田現が亡くなったそうです。

高校時代、ザ・ブームが周囲を席巻するなかレピッシュ(特に上田現)の世界観に魅了されていた自分を思い出し、とても懐かしい気持ちになりました。

久しぶりにCDを引っ張り出して聴いています。

「FLOWER」に収められている「水溶性」なんて、いま聴いてもキレてるもんねー。

水溶性体質の彼女と海水浴に行って、そのコが溶けていく姿をただただ見ているという歌なんだから。

(試聴はこちらから→http://listen.jp/store/artist_1147505.htm



ところで。

本日ついに、トマス・キッドの最新刊が発売されました。

いや~、待ったね。ホント待ち焦がれた。

至福です。至福のときです。生きててよかった。

ありがとう、ハヤカワ文庫。ありがとう早川書房。


というわけで、今夜は18世紀の世界に飛んで行きたいと思いまーす。


ナポレオン艦隊追撃 (ハヤカワ文庫 NV ス 16-6 海の覇者トマス・キッド 6)/ジュリアン・ストックウィン
¥987
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BEST 1987~1997/LA-PPISCH
¥2,879
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「血と暴力の国」コーマック・マッカーシー / シリアル・キラーと文学的ノワール

本書の著者コーマック・マッカーシーは純文畑出身のベテラン作家で、アメリカでは知られた存在らしい。

そんな彼が7年の沈黙を破って発表した本作が衆目を驚かすノワール小説だったそうで、その他もろもろの聞く価値のあることは訳者によるあとがきにほとんどすべて書かれてある。これが作品の本質にかなり踏み込んだ解説で、本書を読んだあと未消化のまま残されるモヤモヤをかなり手当てしてくれる。

あまりいないとは思うが、読後に解説など読まないという人も今作に限っては目を通しておくほうがいだろう。


簡単に、本書の内容に触れておく。

ベトナム帰還兵のモスは、メキシコ国境近くで銃撃戦の跡を発見する。麻薬密売人たちの死体とともに大金の入った鞄を見つけた彼は、結局それを持ち去ることにする。

当然のごとく追っ手がかかりモスは逃亡を余儀なくされるのだが、彼自身それを悔いるようなこともなく、まるでかつての戦場に戻ったかのように淡々と逃亡劇は進んでいく。

それよりもモスを追う追っ手のひとりであるシュガーという男のキャラクターが際立っていて、本書の真の主役はこの男であろう。彼は死を司る精霊のような存在で、あらゆる倫理や感情から離れたところに立っている。

死そのもののに悪意がないように、彼は人智を越えた摂理を運ぶ歯車然と振る舞い、追跡行ですれ違った人々に分け隔てなく死を、ときには生を与えていく。まるでおのれの存在理由が、出会う人すべてに運命の不条理と宇宙の冷徹さを悟らせるためであるかのように。

著者は本書において一部を除き内面描写を徹底的に避けており、それがかえって各登場人物の心理状態を浮き彫りにさせる効果を得ているのだが、ことシュガーに関しては輪を掛けてそれをうかがわせないように描かれており、独特の存在感を作中に響かせることに成功している。


個人的には、会話に鉤括弧を一切使用しない文体や、たびたび差し挟まれる文学風味なモノローグに苦労させられたが、シュガーのようなキャラクターを賞味できたので、まあよしとしよう。

とはいえ彼のようなキャラクターはノワール小説ではさして珍しいものではなく、ジム・トンプスンやジェイムズ・エルロイの諸作に幾人も見出せる。

わけてもエルロイの「キラー・オン・ザ・ロード」に登場するマーティン・プランケットは、作品構成の妙とあいまって抜きん出た存在感を示しており、本書のシュガーに震撼した読者ならば一読する価値はあると思う。小説自体の完成度としても「キラー・オン・ザ・ロード」のほうが上であるように思う。

ちなみにシュガーの描かれ方で特筆すべき点は、人々に死を与える際に吐く運命論およびその末路だが、これに諧謔を加えるとブコウスキーになる。

以上の名前に感じるところがある人ならば、本書を手に取って損はないかもしれない。



オススメ度★★★




コーマック・マッカーシー, 黒原 敏行
血と暴力の国 (扶桑社ミステリー マ 27-1)
ジェイムズ エルロイ, James Ellroy, 小林 宏明
キラー・オン・ザ・ロード (扶桑社ミステリー)


「コンスタンティノープルの陥落」「ロードス島攻防記」「レパントの海戦」塩野七生 / 歴史の必然?

塩野七生といえばなんといっても大著「ローマ人の物語」だが、ヴェネツィア共和国の千年にわたる盛衰を描いた「海の都の物語」もよく知られているところだ。

今回紹介する「コンスタンティノープルの陥落」「ロードス島攻防記」「レパントの海戦」は、その補助線ともいうべき三部作になる。

「レパントの海戦」のあとがきで、著者は「異なる文明の対決を描いてみたかった」と述べているが、この3作を読んでみて思いを新たにしたのは、文明の衝突が人類史もたらしたパラダイムの変化に意識的であればあるほど、歴史を立体的に知ることができるという事実である。

たとえば、拓かれつつある大西洋航路と対称的に没落に向かう地中海貿易や、十字軍が過去の栄光でしかなくなったキリスト教世界の最後の晴れ舞台としてこれら3作は用意されており、著者はそこで西洋史の転換期を示している。

「ローマ人の物語」同様、一義的なテーマは組織論および外交論であると断言してもいいのだが、大局的観点がしっかり盛り込まれているので、もっと巨視的に読み解くことが可能となるわけだ。

また個別の戦争にフォーカスしているため、戦記ものとしての読み味も格別だ。

以下、各巻の内容を簡潔に。



「コンスタンティノープルの陥落」では、千年の都がついに陥落した理由を単に物量や技術の差に求めるのではなく、オスマン=トルコの専制国家という新しい統治システムがヨーロッパ旧来の封建制度よりも機能的に働いたためとし、この事件を分水嶺としてヨーロッパ世界にも絶対王政の時代が到来することに触れ、まるで時代がコンスタンティノープルの陥落を欲していたかのように、読者は人類史の潮目が変わったことを知る。

続く「ロードス島攻防記」では、コンスタンティノープル陥落=ビザンチン帝国の崩壊を受け東の守りを失ったヨーロッパのリアクションを問い、さらなる「レパントの海戦」では、一応の反撃は成したものの地中海がヨーロッパの中心であった時代が最早終わりを迎えることを示し、その最後の光芒を描き出している。わけても国運をかけて戦ったヴェネツィア共和国の姿は、著者の愛情を差し引いてなお、美しい。



以上を、塩野七生はまるで手相を読むようにして語る。この作家は複線の交差が持つ意味をきわめて明確に書くので、読み手にしても焦点が合わせ易い。

小説として眺めると登場人物に些か説明的なセリフが多いのがわずかに瑕疵だが、もとより本義は別のところにある。

できれば3冊継続して読まれたいところだが、それぞれ独立した物語なので興味をひかれたものから手にとってもらいたい。



オススメ度★★★★





塩野 七生
コンスタンティノープルの陥落 (新潮文庫)
塩野 七生
ロードス島攻防記 (新潮文庫)
塩野 七生
レパントの海戦 (新潮文庫)






解析うんぬん

http://ameblo.jp/jettvanels/ からのパクリで。

最近1ヵ月の、当ブログの検索フレーズを抜粋してみましょう。

早い話が、何で検索してウチにたどり着いた人が多いか、ということです。





1位  星を継ぐもの


これは以前からすごく多いんすよねー。グーグルで検索すると、なぜか怖ろしいまでの上位表示になっております。検索エンジン経由のアクセスの1割強が、これに集中してます。



4位 空想科学エジソン

6位 ヴィンランド・サガ


漫画評の数は少ないんだけどね。



3位 すべてがFになる

7位 桜井亜美

9位 阿修羅ガール


このあたりも常に上位をキープしていますね。たしかコメント数が多かったように思うんだけど、そのあたりが検索アルゴリズムにも反映されているんでしょうか。あとは東野圭吾も多いね。



10位 ロビンソン・クルーソー


このエントリは自分でもわりと気に入ってるほうかな。



16位 流れよわが涙、と警官は言った

17位 さよならジュピター

19位 宇宙消失


「星を継ぐもの」とあわせて、どうやらSF関係のアクセスが比較的多いようです。他には「ソラリスの陽のもとに」や「タウ・ゼロ」などもありました。



20位以下はパーセンテージからすると少数派の塊になるので、おもしろいものだけをピックアップします。



26 エドワードバンカー

41 海洋冒険小説

61 トマス・キッド

64 ハードボイルド 書評 冒険小説

67 犯罪小説

71 ノワール 小説

75 スパイ 河口慧海

81 海洋小説


このへんは「わが意を得たり」だよねー。



55 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお

59 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお

129 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお

208 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお


以下、同様多数。ヒットするブログもブログだけど、こんなので検索かけるなよなー(笑)。



86 色々な小説の感想文


さては春休みの宿題対策か?



96 "泰平の眠りを覚ます上喜撰"

169 たった四杯で夜も寝られず


上の句と下の句のあいだに随分と差が出たものですね。



103 書評 魔窟・大観園の解剖


実にニッチな検索です。いらっしゃいませ。



108 塩野七生 町田


康? 市?



118 子捨て 童話


なにやら文明論的な匂いがしますが。



121 ボビー・ヘンダーソン 空飛ぶスパゲッティ・モンスター教


ニヤリ。



134 中学生が読む小説


やっぱり春休みの課題だろ?



150 2008年 感想文 朝鮮半島情勢


そんでもって、これは高校生あたりか?



151 内蒙古アパカ会


これはレアですよ! 同好の士というのはいるものですね



155 中学生が読む冒険小説


そしてまた中学生。



169 宮沢賢治 銀河鉄道の夜 読書感想文

173 あらすじ セロひきのゴーシュ 宮沢 賢治


しょ、小学生……。



211 最近の時代小説作家


すごーく大味な検索。期待通りの答えは見つからないだろうねえ。



230 香織 男


想像力をかき立てられなくもない。



232 パリ 女 夜遊び


絶対、目的の違う検索だよな(笑)。まずは「夜を喰らう」を読んで、まだ度胸が残っていたら夜遊びもまたよし。



236 美人は宮本輝


それはない。



246 おねえちゃんばら 写真


なんだよー、このオヤジギャグっぽいの。



260 男女の関係性の小説

284 ノワール文学のおすすめ


211の人といい、検索慣れしてないっぽいね。



295 愛に気づく男


ドキッ。なんて。



310 秋葉で人気の小説のランキング


ウチでは見つからないと思います。



418 ボライソー 加筆 高橋泰邦


これねー。そのものズバリの版を持ってるんだよね。むしろ貴重かと。



316 ごてんちゃんは麻薬なり


????(汗)



350 女による女辱め


ま、ハレンチ。



368 冒険王ビートのキャラクターの武器


じゃあ、高枝切りバサミで。



370 www.h0930


エロサイトじゃねえか!



396 おもろ放談 御三家


ケンコバ、杉作J太郎、高田純次あたりでひとつ。



424 獣姦ドッグ


ふいた。



429 おもしろい 銀河鉄道の夜


検索する前から答え出てますやん!





てな具合でーす。

そのうち「なかのひと」の解析結果もやろうかな?

内閣法制局とか来てて、ちょっとビビりました(笑)。












「女王陛下のユリシーズ号」アリステア・マクリーン / 極限の海

いわゆる名作。

スターリンの金塊 」でも少し触れたことがあるが、本書は第二次大戦中の援ソルートで熾烈なデッドヒートを繰り広げたイギリス輸送船団とドイツ潜水艦Uボートの物語だ。

北極海のエース戦艦ユリシーズ号の、最期の航海を描く。

なお、本書の内容はフィクションである。



北極海航路の任務は過酷だ。

凍てつく風、無慈悲な気温、逆巻く波濤。そして深海から忍び寄る敵潜水艦の影。

船速の鈍い輸送船団を抱えているうえに、度重なる護送任務で戦艦ユリシーズ号率いる護衛艦隊も疲弊の極みにある。

加えて離岸直前の反乱騒ぎや海軍本部の不条理な作戦指令のおかげで、艦には不穏な空気すら流れている始末。病に冒されたヴァレリー艦長のカリスマ性と、ほかならぬユリシーズ号自身が打ち立ててきた生還実績のみが、かろうじてこの戦艦を支えているといった具合だ。

類を見ない荒天がもたらした不慮の事故により空母を軒並み失い、生命線ともいうべき航空能力を完全に欠くなか、Uボートが牙を研いで待ち構える海域に侵入していく護衛艦隊。

一撃離脱戦法をとる潜水艦相手では早期にこれを捕捉して叩くのが鉄則なのだが、対潜防御の要たる爆撃機を失っているユリシーズ艦隊の状況は、たとえていえば飢えた群狼から羊を守ろうとする牧童が、鉄砲を奪われて棒っきれしか持っていないようなものだ。こちらから攻撃しようにも固体能力に差がありすぎるし、だからといって大事な羊を置き去りにして逃げるなんてことができるわけもない。なまじっか性能のいい双眼鏡を携行しているだけに始末が悪い。

物心両面での消耗、さらには味方来援の可能性もなく、ほとんど死ねと言われているに等しいだけに、その窮状は言語に絶っしている。極限状態ここに極まれり、といって過言ではないだろう。

そしてユリシーズを待ち受ける、十重二十重の包囲網。

凍てつく北極海を舞台に展開される、文字通り血も凍る輸送作戦の結末やいかに。


※※※※※※※※※※※※※※※※



シンプルに言ってしまうと、負け戦を承知で困難な任務に立ち向かう軍人の矜持を描いたもの。ほんでもって、常軌を逸した環境ならではの劇的な事態が発生したりする。死と隣り合わせのユーモアであったり、自己犠牲であったり。

これら人間ドラマ(≒漢のドラマ)と、リアリティのある戦闘シーンの描写(ま、凄惨な死に様ってことね)を以って本作を評価する向きが多いんだろうけど、僕は没入するまでには至りませんでした。

たしかに迫力はあるし、一気に読ませるだけの筆運びなんだけど、こちとら帆船海洋冒険小説読みだからねえ。

肉体感覚を刺激することにかけては、帆船モノは他の追随を許さないところがあるんですよ。

ローテク環境下での戦闘なんか、ちょっとすごいぜー。血飛沫とびまくり、肉片散乱しまくり。弾喰らっても死にきれないで、軍医の手に握られたノコギリで足をゴリゴリ切断されたりするんだから。当然、麻酔なし。

だいたい普通に航海しているだけでバンバン人が死んでいくんだもん。マストの天辺での作業中に足を滑らせて墜落死とか、それほど珍しくないし。飢え死に、発狂、なんでもござれの世界。

そういう眼からすると「女王陛下のユリシーズ号」は英雄主義一本槍というか、滅びの美学の横溢というか、つまり基本的に美談進行なので、いまひとつフィットしないんだよなー。

野趣のなさすぎる冒険小説ってのも考え物ですね。


ともあれ戦争小説のなかではよく知られた作品なので、興味のある方はどうぞ。

ただし冒険の要素が多分に含まれる「鷲は舞い降りた 」なんかとは違って、ひたすらシビアな内容なので、同じ戦争ものだからといって安易に手を出すと、打ちのめされますよ。


オススメ度★★★★


みんな、もっと帆船海洋冒険小説を読もうぜ!


アリステア・マクリーン, 村上 博基
女王陛下のユリシーズ号 (ハヤカワ文庫 NV (7))
ジュリアン ストックウィン, Julian Stockwin, 大森 洋子
風雲の出帆―海の覇者トマス・キッド〈1〉 (ハヤカワ文庫NV)
パトリック オブライアン, Patrick O’Brian, 高橋 泰邦, 高津 幸枝
南太平洋、波瀾の追撃戦〈上〉―英国海軍の雄ジャック・オーブリー (ハヤカワ文庫NV)
パトリック オブライアン, Patrick O’Brian, 高橋 泰邦, 高津 幸枝
南太平洋、波瀾の追撃戦〈下〉―英国海軍の雄ジャック・オーブリー (ハヤカワ文庫NV)