斎藤一人さんの新しいお言葉が出てきた。
「恩と感謝を忘れない」
「恩と感謝のない人とは、ちょっとずつ距離を置く」
私はこれを聞いて、人と縁を切ることより、自分は周りの人に恩や感謝を忘れていないかが気になった。
というのも、先日櫻庭大王のYouTubeで、「長い付き合いの知人と縁を切った」という視聴者の話を大王が取り上げられていて、それが引っかかっていたからだ。
その視聴者の方は、知人の普段の無礼な態度が許せなかったらしく、ついに堪忍袋の緒が切れ、通知をオフにした、ということだった。
それを聞いた大王の回答は、
「親しき中にも礼儀あり。無礼すぎる…なるほどね。長年そう思ってきたんだね。それ、あなたが誰かにそう思われてるんじゃないかな」
グサーッときた。
宇宙の法則は、投げかけたものが返ってくる。
投げかけないものは返ってこない。
このシンプルな法則でできている。
つまり、不快な人が現れるのは、普段の自分が無意識にやっていることを鏡として見せられているにすぎない、ということになるのだ。
私はこのブログで、高校生から付き合いのある親友の、時間を守らないところや感謝のないところなどが我慢できず、縁を切ろうと思った話を時々してきたのだが、この大王の話を聞いて、自分にもブーメランとして刺さった気がした。
「お前いつ来るんだよ、遅いよ。約束守れよ。人のことなんだと思ってんだよ。無礼だよ。」
…と思われているんだと思うと、ちょっと、いや大分怖い。
私は時間は結構守る方で、集合時間の前には着いている方なので、誰かを待たせているとは思えないのだが…。
でも、感謝がない、というところでいうと、思い当たるところはあり過ぎる。
ちなみに、同じぐらいの日で、先日斎藤一人さんの直弟子の一人、宮本真由美社長のお話も、丁度縁切りの話をされていた。
方法は簡単で、
「あなたの役目はおわりました。さようなら」
と宣言するだけ。
その人にわざわざいうのではなく、一人でいうこと。
自分の前に現れてくれたのは、何か重要なことを知らせるために、悪役の形を取って出て来てくれただけなので、嫌な役を引き受けてくれてありがとう、という意味。
例えば、実際あった話だと、会社であらぬ疑いをかけられてその会社に勤め続けることができなくなった、みたいな時。
これは、今の器は小さくなって、自分が留まるにふさわしくなくなったので、もっと高レベルの場所から呼ばれている時の好転反応としてよく起こることといわれている。
その際は、皆が敵のようになってしまうので、メンタル的にはかなりダメージを受けるのだが、実は、大きなステージが用意されていて、そこに強制的に移動させられる時に悪いことが一気に起こったりする。
なので、過去に執着せずに、さっさと自分が本来行きたかったところに行った方がいい。
もちろん、人のことを馬鹿にして見下している不快な人はいっぱいいる。
そういう時は、我が身を振り返り、自分はもう同じことはしません、と心に決めるだけでいいと思う。
縁切り神社に行って、そういう自分の悪いところと縁を切ります、というのでもいいと思う。
過去のブログを読み直しながら、自分が人にどう思われているか、ちょっと振り返ってみたいと思った。