ついつい空をゆく -120ページ目

ついつい空をゆく

2009年10月04日(日) から日々思った事を書いています。

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精神的にひっかかっている事がなければ
かなり長い間、机にむかう事が出来るようになってきたが…
ひたすら暗記作業2時間半。
げっそり~(=_=)
(今日はトータル3時間勉強)

法令上の制限は、ただひたすらの暗記作業と知っていたが
あらためて取り組むと、く~泣けるよ!!!

今日、職場の宅建受験仲間の名前がH君と判明!

私「まだ法令上の制限終わらないんだけど…」
H君「俺なんて、法令上の2大暗記[用途制限][建ぺい率]も手をつけてない」
私「それは覚えたけど、まだまだ暗記ものあるよ」

なんか、うっかりなごんでしまいそうだけど、
あ~!この会話がせめて1ヶ月前なら…(泣)

あと9日ある!
ファイトだ~~~!

■写真…「回転寿司いいな~」とながめていたら「お一人様どうぞー」と大きな声で中から叫ばれ焦った(笑)

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2日も休んでしまっただ~

体調はあまりよくなかったが
だんだん自己嫌悪に陥ってきて、まずい状況だったので、出勤した。

今日は、比較的ゆったりしていたので、助かった。
咳もおさまってきたし
活気のある環境にいると、だんだん元気になってきたよ。

まだ名前の知らない(笑)宅建受験仲間の男の子とも少し話して、頑張ろうという気になってきたしね。

出勤して良かった!

夜、学校の自習室で勉強している時に、
時々でる咳に、周りから冷ややかな念がとんできた(^_^;)
もちろん、マスクはしてるんだけど、みんな必死だからね。

明日には咳がとまるといいなぁ

■昨日の写真…作ったお弁当のおかずは、お昼ご飯になりました。
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あまりに突然の風邪で、びっくりだよ。

それとも、とっくに風邪をひいていたのに、色々あって気がつかなかっただけかな(笑)

今日一日大人しくしていたので、かなり回復。

本試験まで、あと一週間少々

体調崩して試験受けられなかったら、次は一年後だから、本当に気をつけよう。

昨年の平成21年10月3日

一年で一番月が美しい「中秋の名月の夜」に彼の人は旅立ちました。

夜10時か11時か、ネット友達の「月がとっても綺麗!」という「つぶやき」を見て
私も窓あけて、神々しいまでに輝いていた月を見上げたのです。

中川昭一さんが亡くなったのは、おそらくそのくらいの時間との事です。

私は、一度だけお会いして、1時間ほどお話しさせて頂く機会があったのですが
今でも初めてお会いした時の苦虫をつぶしたような顔
「ばかやろう」という声
うちとけた後の饒舌でとまらない会話
子供のように去っていた様子
・・・本当に、懐かしく昨日の事のように思い出されます。

あまりに楽しいひと時だったので、
次の日に「昨日とっても素敵な人にお会いした」と友人に話すと
「その人は拉致被害者の為に頑張っている人だよ」と教えてくれ
それからすぐに要職を次々と歴任され、TVや新聞で頻繁に拝見するようになり
はては「総理大臣候補」とまで耳にするようになりました。


私は、10代の頃から保守的な考えが芽生えてきて
三島由紀夫の憂国忌などにもこっそり一人で誰にも告げず行ったものです。
世の中は急速にリベラルなものへ傾いている時代でしたので
私は、自分の考えを表に出す事は絶対になかったです。

成長してからも「ことなかれ主義」の中へ埋没していきました。
あえて自分の考えを人に発する必要はないと思っていましたし
まして、小さな豆粒のような自分が、なにか出来るとも思っていませんでした。



そうして、私は大切なものを失ってしまったのです。

一年前のあの10月4日の朝の衝撃は、もう二度と味わいたくない。

あの激しい後悔と
枯れる事がない涙と
自己嫌悪で押しつぶされそうな情けなかった自分
・・・もう二度と繰り返したくない。

見よ!
彼は戻らない。


彼が中国を相手に、真っ向から日本の立場を主張し
死にもの狂いで国益を守り続けた「東シナ海」の島で“今”何が起きている?

尖閣諸島も東シナ海ガス田も、さらに言えば沖縄も、日本でなくなる日もそう遠くないかも知れない。

彼のように最前線に出て、常に日本の為、世界の為に生きた政治家は、いなかった。
二度と出てこないかも知れない。


私は、私が信じる道を言葉を声に出していきたい。
絶対にもう二度と後悔をしない為に。
そして、私なりの弔い合戦をやりたいのだ。


今夜は、心おだやかに中川昭一さんのご冥福をお祈り致します。
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宅建の全国模試は13時スタート。
それまで、少しでも勉強しようと朝食をとって、テキストを開くが・・・心ここにあらず。
睡眠時間も3時間を切っているせいか、体調は悪くないが、ボーとしている。
模試が行われる学校へ早めに出向いて、勉強をする事にした。

本日は、中川昭一さんの命日。
電車の中で、奥様のツイッターのつぶやきを読んで泣いてしまう有り様。

どうしたって、気持ちは落ち着かないが、とにかく本試験まで2週間。

今日の模試で、自分の弱点をみつけて、本番に万全をきす予定だった。

・・・が!
まだ、テキストを一巡りしていないのだ!!!
結局、50点満点中、8点まるまる分のテキストを全く開いていない。

昨日の土曜日一日使って、この2ヶ月勉強した所をさらう予定だったが、それも全くやってない。

<現状>
民法・・・テキスト1巡。過去問2巡。
宅建業法・・・・テキスト1巡。過去問1巡。
法令上の制限・・・テキスト4割。その部分の過去問8割。
その他関連知識・・・全くノータッチ

学校に着いて、休憩室でまずは「民法」のテキストを開く。
愕然!
記憶がない~~~~!
びっしりと書き込みもマーカーもある。
っが!
書かれている単語には記憶があれど、頭にボヤーと薄闇がかかっていて
まるで覚えていない。
ザーと見直すつもりが、元々テキストのページ数は半端ではない上に記憶がないから、ザーと流す事も出来ない。
なんだが、具合が悪くなってきた・・・。
頭には残らないが、とにかくページをめくり続ける。
集中力がどんどん落ちて、次第に眠くなってきた。

時間になったので、会場へ
私と同じおじさんやおばさんもポツンポツンといるが、9割は20代あるいは30代前半が少々という所だろうか。

会場の仕切り方にどうしても気がいってしまって
『あ~すればいいのに』『こ~すればいいのに』と思うのは、しょうがない(^^;

さて、机に向かって、試験開始までの間に
『大丈夫!一度は勉強している。覚えていないようでも脳みそは知っている。脳みそを信じろ!』
とひたすら、自分に暗示をかけていた。

開始。

まずは、「法令上の制限」からやる。
今週になってから始めた場所なので、やはり問題が解きやすい。
テキスト手付かずのごっそり7点分を残し、次は「宅建業法」へ

「宅建業法」は、先週までやっていたので、なんとなく文字面に記憶が残っている。
っが!
「200m2・・・以下?未満?」とか
「こっちは、これの半分という事は覚えているいるけど、そもそもこっちは何%?」とか
細かい所に記憶の定着がない為に、ほとんど「カケ」のように解いていく。
う~~ん
う~~~~ん
と悩んでいるうちに、絶望感が襲ってきた。
『もう嫌だ!』
『吐きそう!』
『帰りたい!』
『眠い!』
『このまま寝ちゃおうかな・・・』
時計を見ると、まだ1時間もたっていない。
この散漫さは、なんなんだ!!!
人間分からない事を強いられると、こうなるのだうか?

『テストに負けても自分に負けちゃダメだ!』と
青春ドラマのような事を思いながら問題に取り組んでいった。
途中で、なぜか何度も
『海~~~ゆかば~~~~~~♪みずく~~~かば~~ね~~♪』と

万葉集からとった軍歌「海行かば」が脳内BGMとして流れた。
おそらく、この所の
「尖閣諸島問題」
「東シナ海問題に尽力された中川昭一先生」
「麻生さんの発言『中川昭一が生きていれば、「日本を売るな!」と尖閣問題に大きな声を発していただろう』」
の連想キーワードと、自分を奮い立たせる為に勝手に脳が働いたらしい。

「民法」が丸々残っている段階で、残り時間45分くらい。
全くさわっていない問題もあるのに、この時間のかかり方はまずい。

まして、民法は解くのに一番時間がかかる。
そうは言っても本当に忘れてしまって解けない。
2つくらいまでには、なんとなく~絞れるのだが、決定打を打てる確信は1ミクロンもない。
とりあえず、答えを書く。

数分前で、飛ばした問題に戻って、答えは全て「1番」と書く。
最後の空間をうめて、終了時間。

茫然自失。
本当に疲れた。

終了後に解答が配られたので、その場で採点。
解いていない問題を全て「1番」にしたのが2問正解(ラッキー)。

点数は、「50点満点中33点」
試験中の絶望感に比べると、さほど悪くはなかった。
もちろん合格ラインには届かない。
合格ラインは、恐らく34~38点あたりかな~~。

<全国模試結果(点数内訳)>

民法・・・9/14
宅建業法・・・・14/20
法令上の制限・・・4/8
その他関連知識・・・6(5点免除あり)/8

※計 33/50 点

こうしてみると、絶望的ではないな。

まだ、真っさらのテキスト部分をあと3日やって、
9日で、テキストの見直しと過去問。出来れば模擬試験問題。
学校の3日間集中講座受講。
残り時間が少なすぎる。
働きながら、体をこわさず、完遂させる為に、きちんと、戦略をたてよう。

■写真・・・疲れすぎて、大好きなタイ料理を食べに。
まだ、全部のテキスト一巡してません…(笑)

「法令上の制限」にいたっては、3~4割です・・・・・・・明日は、全国模試です。


■ドアを開けたら、枯れ葉
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■国勢調査
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■CoCo壱番屋
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宅建の勉強。
昨日と、うって変わって、今日は散漫だった~

原因は、仕事で頭を悩ませる事があり、退社後もずっと引きずっていたから。

色々対策したけど(癒やし写真見たり、暗示かけたり…)、なかなか集中出来なかった(泣)
気になる事があるとこんなに影響するんだね~。

こういう時は、どうせ頭に入らないし、いっそ勉強を止めた方がいいけど
もう本当に時間がないから、効率悪いけど、休憩いれながら、あえてずっとやっていましたよ。

9時すぎからやっと集中出来たが、自習室をギリギリ10時まで使って退室(本当は9:30まで)。

帰宅後、1時間ほどやりました。

勉強時間…朝昼晩とあわせると、3時間半弱かな。

腹へった(笑)

今朝の「めざましテレビ」で
昨日の映画『SP THE MOTION PICTURE 野望篇』完成披露試写会の様子が放映されていたらしい。
今朝「めざまし」をつけていたのだが、CMの間に「めざまし」から他チャンネルに変えた直後に
な・なんと!麻生さんが登場していたらしい!!!!!
ガーン!!!

ついつい空をゆく

ついつい空をゆく

「SP」岡田准一、元内閣総理大臣の麻生太郎氏を警護!

 29日、映画『SP THE MOTION PICTURE 野望篇』完成披露試写会が東京国際フォーラムにて行われ、劇中で警視庁警備部警護課第四係のメンバーを演じる5名(岡田准一、真木よう子、堤真一、松尾諭、神尾佑)が、7メートルのロングリムジンに乗る第92代内閣総理大臣を務めた麻生太郎氏を警護しながら登場し、場内は大歓声に包まれた。
 元内閣総理大臣の麻生氏は要職を歴任し、要人警護についたSPの延べ人数が最も多い現職の政治家として記録を持っており、またドラマオンエア時にテレビ放送を観ていたという縁から今回の登場となった。先に車を降りた岡田がドアを開け、麻生氏が登場すると客席から驚きの声が響き渡った。そんな大歓声に笑顔で応えた麻生氏を、今度は5人が客席へと誘導してようやく舞台あいさつ開始となった。

ついつい空をゆく

通勤の電車内で、その事実を知り、ツイッターでつぶやいたら
友人が、わざわざの添付メールでスマイル太郎の写真(「SP」試写会の時のもの)を送ってくれた!
ありがとう~~~~~~~~~~~~~!!!

笑顔の麻生さんの写真にニマニマ・・・。

『よっしゃ!勉強頑張ろう!』と休憩室で
「法令上の制限」のテキストを開いていたら
他部署の男性から「あ!受けるんですか!俺も受けますよ!」突然、声をかけられた!

男「いや~俺、まだテキストひとめぐりしてないっす。今、やっと法令上の制限・・・」

私「私も法令上の制限、今週からですよ」

男「な~~んだ。よかった!」

私「よくないよ。私、めちゃくちゃ遅れているよ!」

等・・・と話していたら、同じ全国模試を受けることも分かった。
(開催場所と日時は違うけど)

いや~~!
やっぱり、仲間がいるって嬉しいね!!!


今日は、平日なのに、勉強時間が合計3時間半。
仕事をはさんで、朝も昼も夜も勉強していて、集中力がとぎれなかった。
すごいじゃん!

でも、「法令上の制限」、けっこう手強くて、まだまだまだ・・・・。
とにかく、やれる所までやるべし!


■写真・・・友人から頂いたものとネット仲間がアップされていたものを勝手に拝借いたしました(ペコ)

麻生さん超~~~~~~格好いい!!!!!!
癒され~~~~~♪
ラブ~~~♪

■2010/7/10の日記
http://ameblo.jp/tui2/day-20100710.html
麻生さんの街頭演説を一日追っかけしている様子なのだが、なぜか途中から「SP」さん(本物)の写真が沢山あって笑った。
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昨日から「法令上の制限」
平日勤務終了後の4日間で、ざっと、終わらせようとしたが…
なぜ、終わらせられると思ったのか、分からない。
なぜ、「ざっと」で出来ると思ったか分からない。
自分が本当に分からない。

「法令上の制限」は、ひたすら記憶作業。
そういえば、前職の同僚が、「法令上の制限」の様々な記憶事項を家中に貼っていると言っていた。
あれは、確か…7月か8月の頭(笑)

どうやって、全国の宅建受験者に追いつき、追い上げるか…。

とにかく、まずは日曜日の全国模試へ向けて作戦。
「法令上」は、全体をざっとでは点数が取れないと思う。
ターゲットを絞って、きちんと理解と記憶をしていこう。
ターゲット以外が出題されたら、それはそれ。

あと、この模試には「その他関連知識」は、手をつけない。

ま~そんな状況で、追いつめられている。

これで、去年の模試へ行く直前に入った「一生忘れる事が出来ない衝撃」を思い返して動揺する事を少しは緩和してくれるだろうか。
気がゆるむと、すぐにボロボロ泣いてしまうんだな~

いつか、時効がきたら、故中川昭一先生との思い出を書きたいな~。

■写真…学校の廊下。最後まで自習室にいたら、人気がなくなっていた。
中川昭一先生を偲ぶ会

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中川昭一を偲ぶ会で、遺影に花を捧げる来場者ら =28日午後、東京都千代田区紀尾井町(荻窪佳撮影)

■2010.9.29 21:04 産経ニュース
「売国やめよ」中川昭一さん偲ぶ会で菅政権に批判続々

昨年10月に急死した中川昭一元財務・金融担当相(享年56)を偲ぶ会が28日夜、都内で開かれ、政界や官界、財界などから1000人以上が集まった。希代の保守政治家を慕う人々からは、沖縄・尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件で「弱腰外交」を続ける菅民主党政権に対し、厳しい言葉が聞かれた。(夕刊フジ)

 まず、中川氏を財務相に抜擢した盟友の麻生太郎元首相は「中川氏の『IMF(世界通貨基金)に10兆円を出す』という決断が、リーマン・ショック後の世界経済の混乱を相当食い止めた。いい仕事をしたときは、マスコミは評価すべきだ」といい、こう続けた。

 「尖閣のような、ふざけた話が起きたときは、『日本の国を売るようなことは止めるべきだ』と大きな声で批判すべき。中川氏が生きていたら、もっと大きな声で言っていたでしょう」

 会場からは「そうだ」「その通り!」という掛け声と、大きな拍手がわき起こった。

 もう1人の盟友である安倍晋三元首相は、中川氏が東シナ海ガス田問題で、中国と決然として交渉をしたことを、こう披露した。

 「中川氏は経産相時代、『共同開発に乗らないなら、日本として工区を設定する』と中国に宣言し、現に(日本の帝国石油に)試掘権も与えた。日本政府として『本気で掘るぞ』『絶対引かないぞ』という強い姿勢を見せたことで、中国は初めて交渉のテーブルに着いた。今、中川氏が生きていたら…残念でならない」

自民党の谷垣禎一総裁も「彼は亡くなる直前、『日本が危ない』と訴えていた。そう危惧していた状況がいま、現実となりつつある。中川氏にしかられないよう、日本のために気合を入れて頑張りたい」と語った。

 このほか、父・一郎氏時代からの付き合いという、読売新聞グループ本社の渡辺恒雄会長も、菅内閣の外交無策や経済失策を意識したのか、「今、日本の政府に、外交や安保、財政で政策がどこにあるのか。全く見当がつかない」と発言。

 拉致被害者家族会の横田早紀江さんは、中川氏の拉致問題に対するブレない姿勢と被害者家族への優しさに触れた後、「中川氏の心をつないで、この国を立て直さないと。日本が毅然とした方向になってほしい」と語った。

 中川氏は昨年9月、結果的に最後となったメッセージを自身のHPにこう記している。

 「『保守』とは守るべきものを守り、保守すべきために改革する。そして国民の活力に期待して成長のための戦略を描く。日本を守り、真の意味で国民を守るかを真摯に議論してほしい。心ある国民はそれを是非応援してほしい。さもなければ、日本は世界の中で埋没しながら自壊していく」

 1年後、中国の恫喝に屈伏する、わが国の姿を予期していたのか。