色々悩んで生きていく | ついつい空をゆく

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2009年10月04日(日) から日々思った事を書いています。

■太閤検地の先駆け? 秀吉の自筆見つかる 兵庫・たつの
2014年7月17日03時19分 朝日新聞デジタル
http://www.asahi.com/articles/ASG7H73XKG7HPIHB035.html

このニュース、私は今朝、携帯の号外で知りましたが『あれ?あの漫画で書いてあったよね?』と、とっても不思議な気分。
漫画「センゴク 天正記」(宮下英樹 作)をめくりましたら、やっぱり詳細にその様子が書かれていて、嬉しくなりました。
漫画は、フィクションと思いながらも、けっこう感情移入してしまうし、
もしかしたら、本当にこうだったかも・・・と歴史に思いをはせてしまうわけです。
今回のようなニュースがあると、「センゴク」の世界が生き生きと立体的に、色鮮やかに立ち上がってきますよね~。
こちらの漫画は「センゴク」「センゴク 天正記」「センゴク 一統記(現在も続いています)」と、超大作で、私も全部はまだ読破していないのですが、本当に面白いですよ!!!
主人公は、今日のニュースにもあった仙石権兵衛秀久。
でも、けっこう他の登場人物も主役級に出てきます。
戦国時代の色々な大名やら武将やらが出てきて、色々悩んで生きていくのです。

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■太閤検地の先駆け? 秀吉の自筆見つかる 兵庫・たつの
 2014年7月17日03時19分 朝日新聞デジタル
羽柴(豊臣)秀吉が淡路島(兵庫県)の領主だった家臣の仙石(せんごく)秀久に対し、詳細な田畑の面積や年貢高を自己申告させた書類が見つかった。兵庫県たつの市が発表した。秀吉の自筆と朱印が添えられており、秀吉が初期の治世にどういう方法で検地していたかがわかる貴重な史料という。

 市立龍野歴史文化資料館によると、1585(天正13)年に記された「淡路二郡指出(にこおりさしだし)帳」(縦27・6センチ、横20・6センチ)。指出は、土地の所有者らが面積や生産高を自己申告したもの。約100枚にわたり、三原、津名両郡の地名、年貢米の石高や年貢銭などを詳細に記述。奥付に秀吉が自筆で、両郡の合計石高や作成日を意味する「二こうりのふん 以上(一)万貳(に)千六百石 天正十三年九月十日 わきさか甚内」と書き、朱印を押していた。

 秀吉が長宗我部元親(ちょうそかべもとちか)との戦いで四国を征服後、讃岐(香川県)への転封が決まった秀久が作成し、次期領主の脇坂安治(やすはる)に秀吉が渡したとみられる。龍野藩脇坂家初代の安治を祭る龍野神社(たつの市)が所蔵していた史料から見つかった。

引用終わり