真冬の向日葵 ―新米記者が見つめたメディアと人間の罪―
三橋貴明 ・さかき漣 共著
「バッシングによって貶められた朝生一郎総理と中井昭二財務相の失脚の真実。メディアとは、報道とは、“情報”とは、何なのか?偏執的な報道を繰り返すメディアの実態と情報を鵜呑みにし、無責任な判断をくだす人間の姿を冷静かつ客観的視点で見つめた本格小説。」
ツイッターで、この本の存在を知り、すぐさまアマゾンで予約。
本日ようやく届きました。
どうやら発売と同時に品切れをおこしていたようです。
届くのを今か今かと待っていましたが、いざ届いてみると読むのに躊躇します。
・・・・・なぜ怖いのか?
これは、「フィクション」という仮面を付けたほとんど「真実のお話し」だからです。
まず最初に、主要登場人物のページに私が分かる範囲で「本名」を並べて書きました。
「朝生一郎総理」とは、もちろん「麻生太郎総理」
「中井昭二財務相」とは、「中川昭一財務相」です。
ふ~。冷静に冷静に。
3年前を思い出して、泣いて泣いて仕事にならない事だけは、避けなければなりません。
著作のお一人さかき漣さん(三橋貴明 ・さかき漣 共著)は、
三橋貴明さんのブログの中で、こんなメッセージを書かれていました。
FROM さかき漣 ------------------------
ご出棺の後の、参道に翻る、無数の日本国旗。
悲しみに沈む表情でありながら、それでも国旗を握る力は強く、
人々は日の丸を風にはためかせていたのです。
この上なく悲痛で、美しい光景が、そこには広がっていました。
イエス・キリストがゴルゴタの丘に磔にされた情景は、これまで
世界中のあまたの芸術家が、絵筆を通じカンヴァスに魂を注ぎこみ、
見事な作品に仕上げてきました。
勿論、中川先生のご逝去は、
キリストの死とは全く異なった意味を持ちます。
しかし私は、ある一点において、中川先生をキリストに重ねていた。
中川先生はおそらく、日本の歴史にその名を連ね、本当に長きに渡り、
国家を守った“殉教者”として、その功績は語り継がれる筈だと。
・・・否、残る筈だ、ではなく。
その功績、あまりに悲しく崇高な物語は、
必ず誰かが歴史に残さねばならない。そう、強く感じたのです。
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間もなく、中川昭一先生の命日です。
今でも、国民の多くは、あの当時のデタラメなバッシングを続けたメディアに騙されたままです。
亡くなった比類なき国士は、どんなに後悔しても二度と戻ってはきません。
せめて、多くの方に、中川昭一先生の功績が伝わりますように。

