先ほど、例のえらい賞を取った人から電話。
今度の講演では、父の事を中心に話すという。
確認事項として、「父が原爆の落ちた長崎にいた事」と
その事を講演で話す事によって
「父と私のラインはかなり密接の為(父の話をすると、ある事柄からもれなく私がついてくる状態)、
私が二次被爆者と思われる可能性があるかも知れないので、ふせておいた方がいいか」と聞かれた。
全く~問題なしです!と言っておきました。(笑)
私は、自分が二次被爆者の可能性がある事は、しょっちゅう言ったり書いたりしてるので、ノープロブレム!
そのかわり、よく勘違いされるけど、私の思考はだからこそ、
右に舵をきってしまったので、そのへんだけは知っておいて欲しい。
私の友人知人らが、こぞって、反戦舞台に参加した事があり
「原発被爆者は1日も早く自衛隊をなくして欲しいと思っている」という台詞の芝居を見た時、舞台に石投げてやろうかと思いましたよ(^^;
「二次被爆者の私は、自衛隊がなくなればいいなんて、1ミクロンも思っていない!かえって逆だ!」
「戦争反対」を唱えれば戦争がなくなると思っているというのは、頭がお花畑としか思えない!
なぜ、原発が落ちたのか!父は早死にしたのか!私は小さい時から病をかかえていたのか!
突き詰めて考えれば、それは外交であり、安全保障の問題であり、日本という民族を軽くみられたのであり…
だからこそ、国を愛し、国を強固し、日本そのもの文化を高め、簡単に原発を落とされるような国ではなく「日本を残したい」と思われるような誇り高い国にしたい!
という考え方になっていった。
父の活動とは、ある意味、真逆のような娘になってしまったが、父も私も長崎原爆により、本当に大きく人生に影響を与えられた。
などなど…
学校の廊下でうっかり熱くなってしまいました(爆)
■今日の宅建の勉強時間…3時間15分 (94時間45分/300時間)
■写真…いつもの通り、仕事から講義の間の一枚。
