秋の夜長に、、、、。 | 奇言雑言

奇言雑言

TUGUの脳内再生中のあれやこれや。

1ヶ月前に比べて、びっくりするぐらい涼しくなって。

日が暮れるのも早くなりました。

 

今年の場合。

自宅で過ごすことが多くなって、さらに夜が長い季節の到来。

となれば、本を読む時間がかなり長いこと出来ることとなり。

数年ぶりに、「じっくりと本を読む」ということをしてます。

 

もともと、本を読むのは好きなのですが。

読んでいる最中に何かしらの邪魔が入るのが嫌で。

気の向くまま、気が済むままに。

読み続けて居られる時間が確保できないと

本を読むということをするに至らないのです。

本を読むのが好きな故に、本を読まない。

だけど、何かを読むという欲求はあるわけで、それを解消するために

コミック雑誌やマンガの単行本なんかはさくっと読めるので

普段はもっぱら、そっちを読んでいます。

 

が、本当は。

活字を追いたい。

 

数年前ぐらいから、もともと好きだった世界。

「山にまつわる、不思議な物語」を取り扱っている作品を

もっと沢山読みたい、とおもっていて。

ネットでそういう話が集められたサイトをめぐっては

読みふけっていたわけです。ところがこれが。

<活字を追う>ということにはなるんですが、どうも不完全燃焼でして

やはり、活字は紙媒体にかぎるよのぅ、、、、。ってなことで

コロナの影響で外出するのが億劫になってからというもの

本屋へ行って本を探すという行為も控えてしまっていたのですが。

本は、本屋で手にとって選び、買いたい。ので

本当に、半年振りに本屋へ行ったのでした。

 

ジュンク堂に行けば、この手のジャンルの本は

きっとズラッと取り扱っているでしょうが。

手近なやや大きめの本屋へ。

たぶん人が少ないだろう、置いている本も搾ってあるだろう。

時間をかけずに欲しい本を買うために

目星だけ自宅でつけておき。

出版社や作者名や本のタイトルなんかをチョコチョコとメモにして。

検索機で該当書籍のある棚を割り出し。

最短最速で本を探して買う。

ということをしようと、前もっていろいろ準備したにもかかわらず。

 

行った本屋が、「大当たりな本屋」だったがため。

該当書籍を見つけたその後も、次々と

「これも、アレも、それも、、、、、。」と本を手にとって

抱きかかえてレジへ、、、。

 

2時間も、本屋に居てしまいました、、、。恐るべし、本屋!!!

 

で。

山の怪談。

里山の怪談。

をまとめた書籍と、前から読んでみたかった

「拝み屋怪談シリーズ」の最新刊。

そして、これまた読んでみたかった

水木しげる翁の描かれた「猫楠」という

南方熊楠のことを書いた作品。

などなど、、、、、、、、、、、。

 

ホクホクと手に入れてそのままコーヒー屋にしけこんで

これまた数時間。

 

とてもそれだけでは読みきれない冊数を購入したので

後は自宅へ戻り、寝る前に少しずつ読み進めている。

 

そしてこの、就寝までの数時間がもう、

ズーッと不思議で少し怖い「山の中」で起きたお話の中に

どっぷり、浸かれる幸福感よ!

 

いい!山の話はいい。

怪談も山が舞台だとなんともいえない味わい!!

 

子供のころ、山小屋で先達から聞いた話も

何時間でも聞けた。

本になって、文字になっていても。

そんな風に、先達が「山との付き合い方」「山との距離」といったことを

それとも無しに、子供だった自分に伝えたもうたあの感じ。

厳しく暖かく、面白可笑しく。そして恐ろしく。

 

山、やっぱすごいわなー。

 

自分自身も、暇があれば山へ入って

原生林の中をガサガサ歩き回ったりだとか。

シーズンオフの山の静けさの中に身をおいて

木霊する鹿の鳴き声に耳を傾けて

息を殺して、山に溶け込んでみたり、といった

「山遊び」に興じているときに、体験したちょっと説明のつかない現象や

体験談はいくつかあるのですが。

 

そういった経験をしている人がなんと多いことかと。

改めてビックリです。

 

話の中に出てくる山の名前の中に「あ!登ったことがある山だ」

「行ったことがある場所だ。」「っていうか、そこ、、、、やっぱりアレはそうだったんだ。」

というのが、ポツポツと出てくると、もう大興奮です。

 

まとめられたエピソードが時代が違っていたり、

きっとこれを語った人はご存命ではないのだろうというものも多く。

それだけに、脈々と語り伝えられ。

その場所で、今も尚、同じ現象が起きていたり。

報告があったりっていうのを知るに。

 

いつか、自分の身の上に起きたことも

自分の記憶がまだ鮮明なうちに

どこかに残さねばならんかものぅ、、、、。と

おもったり。

 

っていうか。

一度でも山で何かしらの体験をした場合は

すべからく、それをどこかに残しておくのが

「山人」としての義務のような気がします。

 

山小屋の夜。

ランタンの薄明かりのなかで語られる

不思議な山の話。

 

そこが、山小屋でなくても。

ランタンの灯がLEDに変わっても。

 

山の話の中には、山という場所にあるすべての

体温のようなものがある。

 

それを、この先の世においても

ずっと、ずっと。残していくのは

すごく、大事な気がするのです。

 

いつか、自分の話が

何十年か先の世で、誰かのもとに届くかもしれませんしね。

 

・・・・・・素敵!!

 

ではではまたね。

(^^)ノシ