ご無沙汰しています。現在、イタリアはボローニャに留学中の副代表?松井と申します。今回はイタリアのゴータン事情について書きます。
早速ですが
スタジオが多いな。
ボローニャの歴史地区=中心街は直径約2キロの円みたいなもので全然徒歩で周れてしまう大きさなのですが、中心街とその周縁でスタジオやタンゴの組織を探すとポンポン出てきます。
まあポンポンは嘘。
でも街中にはタンゴのポスターが結構たくさん貼ってあるし、Facebook等にもちらほらイベント情報が投稿されていたりします。
そしてこれは渡航前から目をつけていたのですが、ボローニャにはタンゴ初心者の若者むけのグループなんかもあります(!)
ということで練習環境としてはかなり恵まれているはずです。(現に、うちから徒歩10分のとこでレッスンやってることがわかったのでそこで当分は習うことに決めました)
とはいえ、若者むけのグループがわざわざ組織されたのには訳があって、やはりここイタリアにおいても現在若者のタンゴダンサー人口は多いとはいえない状況のようです、、、
実は音楽・ダンスとしてのアルゼンチンタンゴ形成の担い手の多くは、19世紀末に流入したイタリアからの移民でした。オルケスタを率いた数々の著名な演奏家たちの名字からも、そのルーツがイタリアであったことがわかります。(Piazzolla, Pugliese, Di Sarliなど)
100年以上前に大量の音楽家・ダンサー予備軍を送り出したイタリアですが、今は逆に、ブエノスアイレス市主催のタンゴ世界選手権ヨーロッパ大会の開催国としてダンサーを呼び寄せています。
要するに、歴史的にイタリアとタンゴの関係は密接だということです。
あまり笑える感じで書けなかったので、全然関係ないボローニャの写真をあげます。

これめっちゃSUBWAYぽくない?
銀行なんだけどね。期待させるなよ。
アディヲ。
(文:松井 郁実)
