シンシアとリオンのティータイム

シンシアとリオンのティータイム

自身の虐待・発達障害の体験を基に山上翔子の名でAmazonのKindleで小説を出版しています。
ブログでは小説のお知らせや過酷な体験をくぐり抜けた現在の穏やかな日々の出来事などを。

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明日は十五夜ですね。

 

ご存じの方も多いでしょうが、月とウサギのお話などを(^_^)

 

 

 

日本で「月でウサギが餅つきをする」という伝承が定着したのは江戸時代のこと。

 

一番古い伝承は、おそらく『ジャータカ物語』(釈迦の前世譚)に出てくるエピソード。

 

キツネ、カワウソ、猿、ウサギ(前世の釈迦)が修行をし、「やってきた人間に食べ物を乞われたら施そう」と決めます。

 

それぞれ人間が食べられるものを用意しますが、ウサギだけは草を食べているので人間に与える物がありません。

 

そこで「食べ物を乞われたら、私自身を与えよう。ウサギの肉なら食べたいと思うだろうから」と決心します。

 

それを天上で見ていた帝釈天はたいそう驚き、試すために乞食に化けて動物たちを訪ねます。

 

皆、快く自分が蓄えておいた食べ物を与えますが、ウサギだけは「薪を集めて火をつけてください」と頼みます。

 

乞食がそのとおりにすると、ウサギは「私を食べてください」と火の中に飛び込みました。

 

しかし、全く身体が焼けないので、ウサギは「あなたの火は涼しくて私の身が焼けません」と訴えます。

 

帝釈天は本当の姿を現して、ウサギの決意を褒め、月にウサギの姿を描いてその心根を後世に伝えたと言われています。

 

他にも中国やアジアでは、「月でウサギが薬草をついている」というウサギ・パターンの他に、「ヒキガエルがいる」「天秤棒で水桶を担いだ子供がいる」などの伝承もあります。

 

灯りなど乏しい時代です。

 

真っ暗な闇夜に浮かぶ明るい満月の模様がどのように見えたのか、今ならさしずめ心理テストのような感じですね。

 

様々な伝承が生まれましたが、日本人にとっては「ウサギの餅つき」が一番なじみ深い可愛いエピソード。

 

明日はお団子を作りましょうか(^_^)

 

地方によっては里芋をゆでてお供えしたり、おはぎを作ったりするところもあるそうです。

 

皆さんのおうちは、どのようにお供えしますか?

 

 

 

 

 

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重い話題が続いたので、最近のめでたいことなどを(^_^)

 

すったもんだの末に購入した電子レンジ。

 

おかげさまで、大型冷凍庫とセットで毎日の食事がずいぶん助かっています。

 

例えば朝食にご飯を炊き忘れたときも、冷凍ご飯と焼いてから冷凍しておいた鮭を温め、ピーマンはフライパンで素焼きにして塩をふっただけ。

 

べったら漬けを添えて、ご飯の上には韓国海苔を揉んだものを。

 

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こちらは、冷凍ご飯と前日の残りの大根とカジキマグロの煮物を温めて、昨夜のうちに作っておいたモヤシとワカメの酢の物。

 

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ちなみに冷凍してみたコスタリカの冷凍ライスパスタは、炒めると切れてショートパスタに。

 

かた茹でして冷凍したニンジン、同じく冷凍してあったキャベツ、冷凍ミックスシーフードを、ガーリックオイル、海塩、カイエンペッパーで。

 

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脚が痛んでお買い物に行けない時も、冷凍しておいたラム肩肉のステーキに、インスタントマッシュポテトのサラダと冷凍したゆでにんじんのソテーで簡単にご飯(^_^)

 

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フライパンの蓋を開けてみると、なぜかラム肉の一部が持ち上がりウサギ型になっていました。

 

きっと私を激励してくれたのでしょう^_^

 

無ければ無いで間に合いますが、あればあったで便利ですね❣️

 

体調が悪いときは特に助かります。

 

他にも、スポンジケーキやクレープに入れる溶かしバターを作るのにも活躍中。

 

もっと広い調理台のある住まいに引っ越したら、キャラメルソースを作ったり、アイシングビスケットの土台になる生地を作るのにバターを柔らかくしたり、さらに使えるでしょう。

 

グルテンフリーのバナナケーキをオーブントースターで焼いて、冷凍もしています。

 

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電気が使えることに感謝して、働いてもらっています^_^

 

 

 

 

 

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整形外科へもう一度行ってきまして、軽くて済みそうです(^_^)

 

改めて北行きのチケットを予約し、来週最低限の用事を片付けに行って来ます。

 

小学校時代からの友人に会うことだけが楽しみで、他は気乗りしないことですが、それでも今のうちに片付けておかないとならんことなので(^_^;

 

これでもう怪我はないと思いますわ。

 

もちろん病気もないでしょう。

 

どうして土壇場で怪我をしたのか、理由がわかったような気がしますし。

 

9月中に残りの用事を片付け、忙しくも楽しい10月を迎えましょう(^_^)

 

 

 

 

前回の記事とも関連しますが、心に深い傷を負う人がどう立ち直るのか、何が必要なのか、正解は一つではありませんし難しい問題です。

 

ただ、最近「私の立ち直り方は、少数派なのかもしれない」と感じています。

 

統計を取ったわけではありませんから断言できないのですが、少なくともメンタル面で深刻なダメージを受けている人自身のブログ、またカウンセリングの本などに目を通して、そんなふうに感じるのです。

 

うまく表現できないので、キリスト美術関連の話を例に挙げてみますね。

 

 

 

 

キリスト教美術は、細かく言えば多種多様ですが、おおざっぱに分けると二種。

 

カトリックとギリシア正教の2大勢力によって発展してきました。

 

プロテスタントは、聖像や聖画などは「偶像崇拝」として嫌い、シンボルとしてシンプルな十字架だけを使います。

 

カトリックの美術は、フランス、イタリア、スペインなどの絵画・彫刻・ステンドグラス・教会建築で日本でもよく知られているかと。

 

ギリシア正教は、イコンと呼ばれる独特な聖画が発達し、カトリックのものほどは知られていないようです。

 

昔、美術評論家が、カトリックの聖画に描かれたキリストとギリシア正教のイコンに描かれたキリストのイメージの違いについて語っていて、とても興味深かったのです。

 

その評論家が言うには、この世で悲しむ人を慰めるためにキリストがやってくるのは同じなのですが、そのキリストのイメージがカトリックとギリシア正教では大きく異なるのだそうです。

 

悲しむ人の傍にやってきたキリストが、自分もその人に寄り添い、共に悲しむのがカトリックの形。

 

ところがギリシア正教の方は、悲しむ人の傍へキリストがやってくるのは同じなのですが、寄り添って悲しまないのだとか。

 

ではどうするのかというと、毅然として手を差し伸べ「いつまでこんなところで泣いているんです。さあ、私についてきなさい!」とさっさと悲しむ人を立たせて、手を引いて先へ連れて行くのだとか。

 

カトリックもギリシア正教も、聖書の中の逸話を用いていますから同じテーマの絵も多いのですが、キリストのイメージは大きく異なっているようです。

 

そう言われてみると「なるほど」と思う点も多々ありますわ。

 

話を戻しまして、「傷ついた人の立ち直り方」の話ですが、私が見てきた範囲内では、このカトリック的な「共に寄り添い悲しむ」ことを必要とし願っている人が多いように感じたのです。

 

だから「私って少数派か?」と、しばし空を仰ぐことになりました。

 

ええ、もう、私はギリシア正教的な「さあ、行きますよ。いつまでもこんなところでグズグズしない! 前方は明るいでしょうが!」と導いてくれる助けを望んでいるから。

 

鬱の真っ最中で動けないのか、少し緩和して立ち直り始めたところなのか、あるいは激しく気分が上下してへとへとになっているのか、その状態によっては違いがあるでしょうが、原則としてその人の性格やタイプによって、カトリック的「共に悲しむ」型、ギリシア正教的「さっさと行きますよ」型と、救われ方が異なるような気がします。

 

こう考えてみると、「私の体験がお役に立てば」と消えている過去を思い出そうとしたり、考えたり、書いたりしても、いったいどのくらいの人の参考になるのかしら?

 

どちらかといえば「共に悲しむ」ことを願う人に、「さっさと行きますよ!」タイプの救いを願う私の作風って、うーん……。

 

書いて出してみなくちゃわかりませんし、万人に愛される小説というのは私には書けそうもないので、自分のペースで書くしかないのでしょうね。

 

「共に悲しむ」のも「さっさと行きますよ!」も、苦しむ人に寄り添うことは同じです。

 

違う者同士が共に生きることは確かに難しいですが、しかしそれをしなければ殺伐とした世の中になってしまいますし。

 

私は私ができる形で、他の人達と分かち合い共に生きたいものです。

 

 

 

 

余談ですが、この記事を書き終えて一つささやかな疑問が解けました。

 

私の著書『邯鄲堂綺譚』シリーズに登場する広目天(人間界では僧の広覚)が、優しげな容姿ながら外見とはそぐわない性格になってしまい、ずっと「どこから、こんなキャラクターが?」と思っておりました。

 

どうもギリシア正教美術のイメージするキリストの性格が被ったようです。

 

納得しました(^_^)

 

 

 

 

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一昨日見てきた映画は、『プーと大人になった僕』。

 

今日の記事は映画のネタバレが入りますので、これから見ようかなと思う人はご注意ください。

 

ディズニー映画ですが、『くまのプーさん』『プー横町にたった家』のモデルとなったイギリスの森やロンドンでロケをしていること、大人になったクリストファー・ロビンとプーの物語ということで興味がありました。

 

『ピーターラビット』は同じくイギリスの古典的な童話を原作にしているのですが、ストーリー自体が見たいとは思えず、私の周囲で実際に見た数人は「見る価値なし!」と断言するほどでしたから、結局見ていません。

 

『プーと大人になった僕』は、だいたいありきたりのストーリーだろうなと思っていましたし、実際そうだったのですが、「生まれつき普通の家族」「大人になってから得た理解ある配偶者や家族」を持たない私には少し複雑な思いが残りました。

 

ハッピーエンドですし、ぬいぐるみ達はE・H・シェパードの挿絵に近く、原作のプーの物語の空気をかなり忠実に再現していて、クラシックな雰囲気のなかなか良質なファンタジー映画です。

 

プーやピグレット達の住む森やロンドンの喧噪、クリストファー・ロビンの成長の過程が、戦前・第二次世界大戦・戦後のイギリスの復興と共に描かれています。


これからの感想は、同じアスペルガー症候群の人や虐待体験者であっても、その人それぞれに感性も見方も違いますから、あくまでも私自身の感想としておつきあいください。

 

 

 

 

プー達と過ごした森を出て、寄宿学校、大学、第二次大戦中に徴兵、戦後は無能な上司の下で中間管理職として働くクリストファー・ロビン。

 

クリストファー・ロビンが不在の家の前で、時折悲しげにたたずむプー。

 

突然森で仲間達が行方不明になり、プーはクリストファー・ロビンに助けを求めてロンドンへ。

 

再会したものの、「経費削減」「部下のリストラ」「部門そのものの廃止危機」で残業・休日出勤で、妻と娘と週末にコテージへ行く約束さえ守れないクリストファー・ロビンは、送り返すためにプーを連れて懐かしい森へ。

 

だんだん仲間達との交流で昔の気持ちを思い出してきたものの、会議に間に合うようにあわててロンドンへ戻ります。

 

その際に大事な書類を置いていった(ティガーがすり替えていた)ので、プー、ピグレット、イーヨー、ティガーがロンドンへ届けに行くのですが……。

 

予告では、「プー達が書類を届けに」とあったので、てっきりぬいぐるみたちだけでロンドンへ行くのかと思ったら、コテージに来ていたクリストファー・ロビンの娘と出会い、その子が主導権を握ってプー達と一緒にロンドンへ向かい、さらに娘の置き手紙を見てあわてた母親もロンドンへ。

 

最終的には無事に父娘が出会い、さらに母親も合流。

 

何とか残った一枚の書類からヒントを得て、クリストファー・ロビンのプレゼンは大逆転。

 

無能な上司は飛ばされ、部署は存続、親しい部下達も首がつながり、さらに妻子と週末を楽しむようになったハッピーエンド。

 

忙しい大人に向けたファンタジーで、さらりと観るにはなかなか楽しい映画です。

 

でも……私には少し残念な映画でした。

 

 

 

予告を見て、勝手に「ぬいぐるみたちだけでクリストファー・ロビンへ書類を届けに行った」と私は思っていたのです。

 

だからこそ「観たいな」と思ったの。

 

もし娘や妻が絡むとわかっていたなら、行かなかったわ。

 

最近、親や兄弟によって傷つけられた被虐待者は、どのように自分自身を立ち直らせるのかという点を考えることが多いのです。

 

いろいろなきっかけがありますが、その一つは「子供時代の数少ないきれいな楽しい思い出」ではないかと考えています。

 

家族との楽しい思い出が無くても、友人や親戚、赤の他人の大人、あるいは子供の頃に夢中になった遊び、本などの影響が、子供時代の数少ない良い思い出として、支えになることもあるのではないかと。

 

この映画はもちろん虐待ではなく、クリストファー・ロビンが大人としての重圧で「社畜、教育パパ、家のことは妻に丸投げの夫」になっています。

 

しかし、人間らしい優しさや笑いを取り戻すことができたのが、幼い頃に共に過ごしたプーと仲間達という「子供時代に楽しんだファンタジーの世界」ならば、大人になった被虐待者の心の傷を癒やすヒントになるのではないかと考えたのです。

 

たいてい心理ケアの本では、夫や妻など自分が結婚してできた家族、恋人、同じ傷を持つ人達のサークルなどの「人による修復」が目立つのですが、私には非常に難しいです。

 

被虐待者であると同時にアスペルガー症候群も抱えていますから、それでなくても「人とのつながり」は重圧で、同じ体験を持つ人同士であってもどうつきあえばわからず、さらに「言っちゃいけないことを言って、かえって私が傷つけるんじゃないか?」と悩むだけ。

 

ある心理カウンセラーを名乗る人のブログで、「被虐待者で自閉症の人もみんなでキャピキャピやりましょう」というとてつもなくアホな発言を読んで具合が悪くなりましたわ。

 

それでなくても自己評価が低い被虐待者に自閉症のコミュニケーション障害が加われば、通常の「人によるケア」は敷居が高いどころか私にとっては拷問です!

 

そんなわけで、自分自身を振り返り、「子供時代に楽しんだ童話や物語による再生」について考えていて、そのヒントになるのではないかと期待して観た『プーと大人になった僕』でしたが、きっかけはプーや仲間達であっても結局は妻と娘という「家族による再生」のお話。

 

映画を見終えて、ほーっと大きく息を吐き出してしまいました(^_^;

 

 

 

昔なら「家族だの人のつながりだの、私には無いものばかりじゃない! 結局はそればっかりか」と落ち込んだと思います。

 

でも一昨日は「しょせんディズニーだし、深い内容を求めた私がバカだったわ~。でも、周囲で評判がすこぶる悪かった『ピーターラビット』よりはずっと良い映画だと思うから、ま、いっか。おいしいもの食べに行こうっと!」(^_^)

 

少し痛みの引いた脚で狭い階段を上がったお店で、おいしいビーフシチューを食べたのでした!

 

実際、私自身はかなり自己修復に成功し、時折落ち込んだりやさぐれたりしますが、今はおそらく普通の人が落ち込むのと同じくらいのレベルで、以前のように毎週薬が増えるとか、カウンセリングが筆談になるとか(本当に重度の時は慣れている精神科医でも会話が出来ず、筆談していた)は、全くありません。

 

今、トロトロと進めている虐待体験小説を書き、読み返し、しばしば考えているのが「自分がどのようにして鬱や自己否定を脱して、今の『私はすべてうまくいくしラッキーだわ』と穏やかな心境になることができたのか?」ということなんですよ。

 

もちろん理由やきっかけは一つや二つではありませんし、「これはレアケースだわ」という点も多々あります。

 

それでもできるだけ思い出し、「自己再生のきっかけ・手段となった出来事や方法」をまとめて書くのは、今現在かつての私のような苦しみに悩んでいる人達に何らかのお役に立てばと思っているからです。

 

ここ数年、幾人かの鬱病や発達障害で悩む人達に「どうして元気になれたの?」と尋ねられ、一生懸命に答えながらも「うーん、それだけではないんだけど、何なのかしら……」という気がして、自分でも「なぜだ?」と考えることが多かったのです(^_^;

 

実際の会話はその場で言葉が出てからでは引っ込めようがありませんが、文字で書く場合は人前に出す前に熟読・校正して言葉を選べます。

 

私には大事なことほど、親しい人でないかぎり「文字で伝える」方がしやすいですから(^_^)

 

私の勝手な期待は裏切られた『プーと大人になった僕』ですが、ディズニーらしい肩が凝らない娯楽映画としてはおもしろい作品です。

 

映画の後のビーフシチューは、もっと良かったんですけどね(^_^)

 

 

 

 

明日は整形外科で何と言われるか。

 

それほど痛みはないのですが、少し腫れてつっているのが嫌ですけれど。

 

今夜も早めに寝ましょうか。

 

 

 

 

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何と言いますか、物事は時としてわからない方へ転ぶ物で(^_^;

 

近日中に母の一周忌で北の大地へ飛ぶはずだったのですが、延期に(^_^;

 

午前中に最後のお買い物をして帰る途中、後ろから左足首に何かがぶつかりました。

 

雑踏だったのでよくわからないのですが、キャリーか台車かそんな感じの物。

 

そのときは「痛いわね~」で気にしなかったのですが、家に向かう途中でだんだん腫れてきて焦り、お昼休み間近の近所の整形外科へ。

 

右脚の痛みは少し引いてきたので、もういかなくていいかなと思っていたら、今度はもう一本の脚にまさかの怪我で、またお世話になるとは(^_^;

 

幸い骨は大丈夫でしたし、痛みもほとんどありませんが、明日以降がどうなるかによって長引くかどうかがわかるとか。

 

おまけに軽い切り傷がよりにもよってアキレス腱のすぐ近くにあったので、先生としては腫れより感染症の方を気にしていたり。

 

そんなこんなで北へ行くのは延期し、滞在期間を短くすることに。

 

行きのチケットだけをキャンセルして、具合によって改めて行きのチケットを取ります。

 

帰りはこちらにも用事があるのでそのまま。

 

父と話し合い、一周忌は無しということで、読経をお願いした先方にもキャンセル連絡。

 

あちらもびっくりして、くれぐれもお大事にと。

 

二人だけで短いお経を聞くだけの法要でしたから簡単にすみましたが、これが会場を借りて大々的にだったらたいへんでしたわ。

 

もともと亡母の宗教は一周忌とかは無関係なものですから、特に問題もありませんし。

 

行きたくな~いとは言いましたが、行かずにすませられない用もありますので、落ち着き次第出かけることに。

 

準備万端、イヤイヤながらも行こうとしたら、こうなったとは(゚Д゚)

 

生きているときにさんざん娘に迷惑をかけまくった亡母が、せめてもの罪滅ぼしに負担を減らそうとでも思ったのかしら?

 

それならどうして痛い目に遭わせるのよ(^_^;

 

なんだかよくわからない流れになりましたが、今月中には一泊二日であっても行かなきゃなりませんから、行けるんでしょう。

 

あまり動かないようにして、腫れが引くのを待つわ。

 

これも必ず良い方へ転ぶと思いますので、今は「なぜ?」であっても、落ちついて経過を見守りましょうっと(^_^)

 

気をつけるといっても、後ろからぶつかられては気をつけようがありませんわね。

 

さて、今回の怪我がどういうふうに良い事へ結びつくのか、楽しみにしてお茶でも飲みますわ。

 

来月、伯耆大山へ行けるのかしら?

 

もし行けないなら、きっと最高のタイミングで行く日が来るのか、あるいはご縁がなくて行けないのか、それは来月のお楽しみということで。

 

 

 

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脚は痛む、でも出かけなきゃいけない。

 

それなら、ついでに楽しもうっと!

 

というわけで、午後からの用事ですが朝から出かけて映画を見てきました。

 

じっくり思い返すと、日本で映画館へ行くのは20年ぶり。

 

20年……生まれた赤ちゃんが成人するくらいの年月(゚Д゚)

 

ロンドンで映画を見たのを最後に、ずっと映画館へ足を運ぶことはなかったのね。

 

確かに映画どころじゃない、激動の日々でした。

 

それほど映画好きというほどでもありませんし、テレビでちらっと見るくらいで満足でしたから。

 

ところが、来年封切られる映画がどうしても見たくて、「絶対に行こう」と決めました。

 

それが映画館=行きにくい、という壁を打ち破りまして、この夏から「今年見るならこれかな~」という映画が二本見つかりました。

 

今日はそのうちの一本を見ることに。

 

どのみち目的地へ電車で行ったら、その後座って休まないと脚に悪いですから、カフェで座ろうが映画館で座ろうがたいした違いはございませんわ(^_^)

 

そんなわけで、朝の上映に間に合うように出かけ、すいている映画館で見てきました。

 

思うところがいろいろありまして、それについては改めて記事にしたいと思います。

 

映画が終わった後、11時半くらいに早めのお昼を食べることに。

 

非常に迷ったのですが、前回行ったときにおいしかったので、二回目も行くことに。

 

吉祥寺の東急百貨店近くにある喫茶ロゼです。

 

迷ったのは、ジャズ喫茶モア同様、急な狭い階段を上がった2階にあるため。

 

上るのがきついわ~と思いつつも、「もしかしたら、もう行けないかも」と縁起でもないことが頭をよぎり、上ってみると意外に痛まずに上がれましたわ。

 

扉を開けると、昭和にタイムスリップしたようなレトロな小さなお店。

 

高齢のオーナーシェフ(たぶん)一人で作り、年配の女性(奥さんか娘さんか?)がレジという家庭的な雰囲気です。

 

大昔、高田馬場でバイトをしていた頃に、馬場や早稲田界隈にあった家族経営の安くておいしい洋食屋さんを思い出しました。

 

最初に伺ったときはシーフードピラフを食べました。

 

今日はビーフシチューです。

 

 

 

 

大きなお肉にジャガイモとにんじんとブロッコリーが入っています。

 

野菜はやわらかいですが、トロトロではなく、ちゃんと絶妙に歯ごたえが残り、お肉との相性も抜群。

 

デミグラスソースもこっくりしていますが、後味はすっきり。

 

ライスと一緒にどんどん食べてしまいました(^_^)

 

食後のコーヒーも少し苦めのユーロピアンタイプ。

 

一人なのでカウンターに座り、ゆっくりと味わいました。

 

時間が止まったような穏やかな雰囲気です。

 

食後は用事を片付け、ちょいとお買い物をして帰りました。

 

途中で久々に白兎珈琲店へ寄って、紅兎ブレンドのアイスティーを飲みつつ、カウンター上に増えた新顔のウサギさん達を眺めて楽しみましたよ(^_^)

 

来客が置いていくという兎グッズが、まだまだ増えそうです。

 

疲れていたのですが、ウサギ話を少ししてから帰宅。

 

嫌でたまらない北海道行きの準備をしませんとね(^_^;

 

体力不足でなかなか書き上がらない小説も早く仕上げたいし、親の家に行く時間も体力ももったいないのですが、今回で法要は終わりですからこの世のならいを片付けましょう。

 

映画は最初の想像以上に考えることが多かったのですが、おいしいビーフシチューと楽しいウサギの紅茶で元気を出して、さあ、もうひと頑張りです!

 

うん、負けない!

 

 

 

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少し痛みがやわらいだので、ついつい動きすぎてしまい、今日は痛み止めを塗っても全然きかないわ(^_^;

 

鬱病がひどかった時期も、晴れ間のように調子が良いとあれやこれやとたまった家事や用事を片付け続け、その後はどっと反動が来て寝込んだ経験が多々ございます。

 

左足が変形性股関節症を発症したときも、痛みが引けば動きすぎてまた激痛と痙りに苦しんだのです。

 

かつて苦い経験はふんだんにしているのですよ。

 

完治していないのに動けば、今の右脚の痛みがひどくなるのはわかっているのに、またやってしまったわ。

 

つくづく学習できない私(^_^;

 

でも言い訳すると、自分が動かなければ食事はできないし、洗濯物はたまるし、床には髪の毛や何かのゴミがずっと存在しておりますのよ。

 

まだ介護ヘルパーさんを頼める年齢でもなし、障害者枠で依頼できるほど重度でもなし、自分でするしかないのよね(;。;)

 

今日は比較的じっとしていたおかげで、少しましになってきました。

 

あ~、田舎へ行きたくない!

 

家で安静にしていたい!

 

 

 

 

世の中、視点を変えたり、自分自身を変えることで、それまでの問題を解決し良い流れに持って行くことができる場合もあります。

 

その反対に、考え方をどれほど変えようとも問題解決にはならないこともあります。

 

今の私の状況がまさにそれ(^_^;

 

ずっと引っ越しだ転居だと言い続けてきましたが、理由は多々ありまして、その一つが「シンクやガス台や洗面台が低いこと」なのです。

 

昔の作りなので、とにかく低めに出来ていて、私の身長では腰をかがめ続けることに。

 

調理台などはできるだけ背を伸ばすようにしていますが、それでは手元が狂いがちでついつい腰を曲げることに。

 

これが腰への負担を通じて問題を抱えた股関節や脚の痛みを引き起こしてしまうのです。

 

元々若い頃に無理をして働き過ぎ、左は変形性股関節症、右脚は股関節が変な被さり方になってしまっているため(レントゲンで見るとはっきりわかる)、いつ痛みが出てもおかしくなかったのですが、このタイミングできました(^_^;

 

自分自身を変えようがありませんよ。

 

身長を低く出来ませんし、背を伸ばせば作業がしにくく、手元で怪我をすることになりがちですから。

 

こういう物理的なことに関しては、精神論じゃどうにもなりません<(_ _)>

 

早く転居したい(;。;)

 

それでも移動できるまでは、ここでがんばるしかなく。

 

痛みも家で横になる時間を長くとり、休み休み動けばかなり楽になります。

 

でも、痛みが少なくなると、ついつい頑張りすぎて日常のお買い物やら親の用事やらで動いてしまいます。

 

昨日もそう。

 

その結果、今日は痛み止めを塗ってもまだ痛い(^_^;

 

しょうがないから、今日は早めに寝ましょう。

 

 

 

 

ちなみに鬱病や発達障害などのメンタル系の病気や障害も、「神経伝達物質の分泌異常」なのですから、身体的、言い換えれば物理的な問題。

 

さすがに昔よりは少なくなりましたが、それでもまだ「気合い」「心がけ」「気の持ちよう」で治ると思っている人がいるんですよね。

 

もちろんどんな病気や怪我も患者の気の持ちようで回復が早まったり悪化したりしますから、その点では「気の持ちよう」「視点を変える」のは必要ですよ。

 

でも「気の持ちよう」だけで治るなら、誰も苦労しませんわ。

 

そういうことを言う人や信じている人には、ぜひガンも交通事故での怪我も気合いで治して見せていただきたいものです。

 

それなら、「そうか、世の中にはこういう人もいるんだわ~。私には無理だけど」と珍しい例として参考になりますもの。

 

痛むせいかグチグチとしてしまいますが、明日にはからっと元気になっていることを願いつつ<(_ _)>

 

 

 

 

 

 

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田舎へ行く準備で、午前中からお買い物。

 

デパートで、私にも食べられるお月見のお菓子を見つけました。

 

真ん中はたぶん羊羹です。

 

 

 

 

 

 

 最初に見たとき、和風というよりエジプト風に見えましたわ、このウサギさん。

 

パピルスでアヌビスやトトと一緒に並んでいるように感じたのですが(^_^;

 

伝統的な「うたっち」(ウサギが後ろ足で立っている)ですね。

 

日持ちするので、そのうちにゆっくりいただきます(^_^)

 

どこの和菓子屋さんも、一部の洋菓子屋さんも、お月様とウサギをテーマにしたお菓子が並んでいました。

 

中身は普段と同じでも、特別製パッケージのお菓子も。

 

あの猛暑が過ぎて涼しくなりましたが、これからは台風の心配が(^_^;

 

もう日本列島にも他の国にも被害を出しませんように。

 

地震ももう来ないでほしいわ!

 

 

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あちらこちらで、来年の手帳やカレンダーを見かけるようになりました。

 
昨日、家電量販店の帰りにカフェで一服し、自分の手帳を開いて、まだ3ヶ月ありますが、今年を振り返ってみました。
 
 
 
昨年秋に母が死去し、周囲が驚くような超高速で葬儀・納骨・死後の手続きが終わりました。
 
その後、12月から今年2月にかけて父親がバカなことをして怪我をし、後始末に追われて疲労困憊しましたわ。
 
そのおかげで、「行けるときに行かなきゃ、もう行けない」と決意して、3月には白兎神社と出雲大社へお礼参りに行きましたっけ。
 
AmazonのKindleで出版した『ウサギ神奮戦記』『ウサギ神漫遊記』『ウサギ神交遊記 壱』に出てくださった、主人公の因幡の白兎(小説中ではシロナガミミノミコト)と重要な役割を担う大国主命にお礼を申し上げるため、前から行きたかったのですが、母が入院、父が弱るで、自分の田舎以外は遠出が難しかったのです。
 
おまけに重度の更年期障害でしたし(^_^;
 
今年に入って更年期障害が終わって体調がずいぶんよくなり、母は亡くなり、父の方も一段落したので思い切って出かけました。
 
初日の白兎神社は初夏のような暑さで、抜けるような青空と真っ青な日本海、濃い緑に映えるすばらしいお参りでした。
 
ところが二日目の出雲大社は、三月なのに台風か?と思うような大暴風雨で、「小説の中で大国主命をかなり天然に書いちゃったから、お怒りか?」と丁重にお参りしつつ、けっこう気になっていました。
 
最近になって、格式ある神社仏閣へお参りするときに雨に遭うのは、自分の罪や厄を祓い流してくださるので大吉だと本で読み、「そうか、私の厄を流してくださったのか。ありがとうございます。しっかし、あれだけの暴風雨が来るって、私はどれだけ厄を背負っていたのか(^_^;」と。
 
確かに大変効果的な厄除けでした。
 
白兎神社、出雲大社へ参拝して東京へ戻ってからは、とにかく良いことばかり。
 
これまでの不運が嘘のようにトントンと幸運が舞い込みました(^_^)
 
一見、悪いことのように思えることも、すぐに良い事へ逆転しましたからね。
 
手帳には、おそらく私のこれまでの人生ではありえないほど、楽しい予定が書かれています。
 
親しい友人と出歩いたり、一人で外食を楽しめるようになったり(アレルギーがひどくて食べられないものが多かったけれど、少し改善しています)、そのおかげで新しいお店を開拓したり、旅行の計画を立てたり、毎月何かしらの楽しさが手帳に書き込まれています。
 
そう考えると、今の物事が滞っていることも、後で「あのときは事が運ばなくて良かったわ~」と思えるときがくるのでしょう。
 
予定ではとっくに引っ越し完了のはずが、その前段階の事情が止まってしまっていまだに転居ができません。
 
ただ、そのおかげで先に冷蔵庫や家具を買い換え、その結果「古い物を処分するのも、新しいのに慣れるのも意外に時間がかかったから、住み慣れた場所で入れ替えてよかった」ということに。
 
さらに引っ越し前に台風21号の被害や、北海道地震の影響やらで、改めて転居先や買い換えの項目に変更箇所が出ました。
 
今、想定外に右脚が痛んで歩くのに少々苦痛ですが、これも痛んだゆえにわかったこと、自分にとって欠かせないことなどを改めて確認し、転居先リストに最初から載せていた街が二つ消えました。
 
脚が痛み出した時は、「10月は大山へ行く予定なのに、これじゃ行けないわ!」と焦りましたが、もし行っていいならそれまでに治るでしょうし、相変わらず痛むなら「行くんじゃない」ということなんだと思います。
 
これもまたご縁ですから、10月に行けないなら次の機会へということで。
 
病院行きの予定が一番多いですが、過去に無いほど楽しい予定も書かれた今年の手帳。
 
12月までに、どんな予定が加わるのか楽しみです(^_^)
 
 
 
思い返せば、過去の私には今の私の幸せなど想像もできませんでした。
 
常に授業料・生活費を稼ぐために心身共にボロボロになるまで働き、親に苦しめられ、社会に適応できない自分に苛立ち苦しみ、しかもその原因が自身の発達障害のためだとわからなかったので自分を責め、鬱病とアスペルガー症候群とディスレクシアと虐待のPTSDと共に一人で格闘してきました。
 
お金の心配は常につきまとい、大学をやめて仕事一本にしようとすればチャンスが舞い込み、チャンスや幸運をつかめばコインが裏返るように絶望と挫折に変わるという人生でした。
 
なぜ自棄にならずに今まで生きてきたのかは、長くなるので割愛しますが、とにかく生き延び、今の穏やかな暮らしがあります。
 
毎晩寝るときに「このまま朝が来なければいいのに」と願い、それでも朝は来て目を覚まし、重い身体と心を引きずるように起き出し、「とにかく今日一日だけは生きよう」「お昼までは頑張ろう」「その後のことは、どうでもいいから」という気持ちで一日を過ごし、寝る前にはまた「ようやく一日が終わった、このまま朝が来なければいいのに」と願うことを繰り返していました。
 
それでも「諸行無常、万物流転」の言葉通り、悪い状況もまた必ず変わり、少し好転し、また悪い状況に戻り、また良くなりということを繰り返しているうちに、だんだん良い方へと移ってきましたわ。
 
なぜこんな障害や親を背負って生まれてきたのか、バカな親の遺伝子を受け継ぎバカな親に育てられるという環境で育ったなら、私もしょせんバカでどんなに努力してもムダなんじゃないかとどれだけ自棄になったことか。
 
どうして絶望や投げやりのままで人生を終えなかったのか、いろいろと理由はありますが、「なるようになる」だったからだと感じています。
 
『ウサギ神奮戦記』の中で、シロナガミミノミコトが大国主命に神の心得を尋ねたとき、「なるようになる」と答えられ、ウサギ神も側で聞いていたスセリビメ、八重事代主神(やえことしろぬしのかみ)、建御名方神(たけみなかたのかみ)も脱力するシーンがあります。
 
その後、国譲り編で、この「なるようになる」という言葉がどれほどの重みを持っていたのか、大国主命の覚悟と共に語られ、シロナガミミノミコトが胸中を察して泣き出すことに。
 
思えばコメディとはいえ、私の過去があったからこそ書けた小説の数々。
 
無駄にはなっていないようです。
 
 
 
話を戻しまして、来年は高千穂と長崎へ行くのが目標です。
 
近場でも行きたいところはたくさんありますし、書きたい小説もたくさん。
 
まずは身の回りのできることから片付けて、次のチャンスに備えましょう(^_^)
 
新しい来年の手帳はまだ買っていませんが、今年よりも楽しいことをたくさん書き込みます!
 
 
 
 
今日は雨ですが、昨日は晴れていて、神田川で赤、白、黒の大きな鯉を見かけて撮りました。
 
奥の方に黒鯉がいるのですが、わかりづらいですね(^_^)
 
 

こちらは、少し手前に引いて撮ったもの。
 
川辺の石畳がモザイク画のようですが、川沿いの桜並木の影が映り、そこに散った葉っぱが落ちたのです。
 
何となく縁起がよいので載せました(^_^)
 
 
 
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昨日、買ってきた物をしまいながら、非常用の品と非常食をどこへ置くかで悩みました。

 

ちなみに非常用の品は、袋にまとめて押し入れの手前に入れてあります。

 

・懐中電灯(単1電池二本使用)

 

・非常用ろうそく(マッチ、ろうそく台もセットになっている)

 

・電池式充電器(単3電池四本使用)

 

・薄いアルミ製防寒用シート

 

・単1、単3乾電池(日用とは別にして)

 

・ポケットティッシュ、使い捨てマスク(日用品から分けて二つずつ入れました)

 

CDラジオ(電池使用の際は単3を6本使用)は本棚に入っていますが、軽量なのですぐに持てます。

 

これとは別に日常用の電池の買い置きもありますから、何とかなるかなと。

 

悩みのタネは、非常食の置き場。

 

できればひとまとめにして置いておきたいのですが、そのスペースが無い!

 

2Lペットボトルの水3本(これが限界)はキッチンシェルフに置くしかありませんが、アルファ化米のご飯や缶詰や塩せんべいはブリキの米びつ(食材を整理して空いたので天袋に入れてあった)にまとめて、さて、どこへ?

 

用意してあっても、いざというときにすぐ出せなければ困りますし、かといって適当な置き場が……。

 

難しいわ(^_^;

 

シンク下やコンロ下をもう一度見直して、場所を探しましょう。

 

あるのかな~?

 

 

 

今日は、家電量販店へ行ってきました。

 

東京ではまだ大丈夫ですが、北海道はそろそろ暖房の心配が!

 

電気が止まると、たいていの灯油ストーブが着火できず、たっぷり灯油があるのに寒い😨

 

かといって、高齢になれば、自分で灯油を入れるストーブは扱えません。

 

ガスストーブは、最初から付けるという発想がないため、ガスの元栓がとんでもないところにあり、無理。

 

いろいろ調べて、カセットコンロに使うボンベで暖めるストーブがあるとわかり、ネットで見ると、こちらも皆さま同じことを考えていて売り切れ(^◇^;)

 

そこで、朝、父親に電話で近くの懇意にしている電気屋さんに訊くように言ってから、一応家電量販店やスーパーの家電売り場を見ましたが、やはりありませんでした。

 

幸い、まだ深刻な寒さに悩む地域には住んでいないので、取り寄せに時間がかかっても間に合うでしょう。

 

あるいは、「もう地震は来ない」と決め付けて買わないかもしれませんが、それはそれで。

 

今月末に北海道へ行ったとき、ケアマネさんと、万一冬に停電したらケアハウスで一時ステイができるかどうかを話し合います。

 

私にできるのは、ここまで。

 

ケアハウスやグループホーム入居が嫌だと言い張る以上、もう私にできることはし尽くしましたわ。

 

まだ避難している人も生活が戻っていない人も多いですが、これ以上の災害は来ないことを願います。

 

 

 

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