バングラは大きな国ではない。

でも、ツーリストがあまりいない為、

ツーリストバスと言うのが無い。

そのゆえ、短い距離をバスで

ちょこちょこ移動する、

ことになった。



朝食を食べ、別れを告げて、

まずはコルカタのシアルダー駅へ

路線バスで行く。10時に宿を出た。

そこから、鈍行列車に乗って、

バンガオンっていう駅へ。

ちなみに、ここで食べた、

フィッシュターリーは美味しかった。

そして、安かった。15ルピー。



そこから、リキシャでボーダーへ。

インドイミグレ、バングライミグレを

無事通過し、再びリキシャに乗り

ベナポールという街に。

クルナで出来れば、一泊したい。

クルナ行きのバスを探すが、無い。

仕方なしに、その途中の街、ジョソールに

変更する。

そしてバスに乗り、ジョソールへ。

その日はそこで一泊。

次の日、クルナへいったん行き、

すぐにバスに乗り換えて、

バゲルハットへ。

クルナはバングラ第三の都市であったが、

滞在時間はわずか、30分であった。



バゲルハット。

ここは世界遺産になっているモスジットがある。

世界遺産ではあるが、もちろん外国人ツーリスト

など、まるでいない。

たまにベンガル人のお金持ちそうな人たちが、

訪れるだけである。

中も静かでひっそりとしている。

周りも、のどかな場所で、

野生のワニがいるぐらいであった。

ここには2泊。



ここで偶然日本人にあった。

名前はすでに忘れてしまったが、

名古屋出身の女性であった。

彼女は、年末年始の休みを利用して、

ここバングラに来たという。

僕は思わず聞いてしまった。

なぜ、バングラに来たのか、

と言うことを。

そして彼女は、前回ここバゲルハットに来て、

大変気に入ってしまって、今回も来たという。

彼女は、ベンガル人の家に泊まっていた。

僕もこの家に行って、紅茶をご馳走になった。

彼女はひとりウルルン滞在記をしているのである。

もちろん、カメラは回っていないが。



つぎは、モンゴラという街へいく。

ここはシュンドルボンという、世界最大の

マングローブの森があり、その中を水路が

縦横に通っている。

そして、ワニ、イルカ、ベンガル虎等が生息している。

午前中にここに着き。午後は船をチャーターし、

半日、シェンドルボンの森を見る。

450タカ(約810円)と少し高かったが、

一人で船をチャーターし、いろいろ見るのは

贅沢であった。

イルカは残念ながら、見ることは出来なかった。

正確には、見ることは見たが、遠くで跳ねている

姿を見たことになる。

これを、イルカを見た!! 

というかは難しい。

自分の考えるイルカの想像図は、

船と並んで一緒に泳ぎ、

「僕は人間の友達だよ」

的な、オーラをプンプン出しながら、

寄って来る事を指す。



次の日、

再びバスに乗り、ボリシャルという街を目指す。

いったんバゲルハットに戻り、バスを2回乗り換えて、

やっと着く。

ボリシャルへ目指すのに、一日で3回もバスを乗ることに

なったが、

たいして苦にはならなかった。

それは、常に行き先をベンガル人に言えば、

あのバスに乗れ、と教えてくれて、

バスまで連れて行ってくれるからだ。

席は常にいいところを、用意してくれる。

流れに任せていれば、自然とポリシャルに着く。

と、こんな感じだ。



ここには3泊した。

ちょうど12月31日大晦日に着いたので、

ちょっとゆっくりしようと思ったのだ。

でも、ここはイスラム教の国である。

正月的な雰囲気は皆無であった。

ここから、ついに

ロケットスチーマーである。

これに乗り、チャンプールという街へ行く。

ロケットスチーマーを予約しようと、

リザベーションオフィスへ行った時のこと。

明日のチャンプール行きの、スチーマーのチケットが

欲しいと伝えると、

1stクラス、2ndクラスのどっちだ、

と聞かれた。

自分は迷わず、2ndクラスと答えると、

「なぜだ?君は日本人だろ。日本は金持ちで、先進国だろ、

たった100タカの違いしかないんだぞ」

と言われた。

100タカ、180円ほどであろうか。

1stクラス 285タカ、2ndクラス185タカ。

確かに、180円の差で、

個室が与えられ、ゆったりとした

船旅が出来るのは悪くない。

彼の言った言葉に従って、1stクラスにした。

船の中は、バングラ風クルーズの旅。

っといった具合であった。

そして、乗っているお客さんも、

金持ちそうであった。

デジカメをもっているベンガル人もいた。

食事も、ダイニングルームで食べるか、

部屋で食べるか、選べた。

もちろん食事はカレーではない。

その日は、白身魚のフライと、ポテトであった。

そして、手ではなく、ナイフとフォークで食べるのだ。
チャンプールには夜中の1時の到着であった。

ここで一泊をしようと、夜中宿を探すが、

なかなかいい宿は無い。

鉄道の駅へ行き、明日のチッタゴン行きの列車は、

あるか聞くと、

朝5時の、チッタゴン行きの列車が、あったので、

その列車を5時まで待つことにした。

しかし、発車まで4時間ある。

仕方が無いので、ホームで待とうとするが、

やはりここでも、人に囲まれて、

質問攻め、握手攻めである。

ちなみに、必ず聞かれることランキングは、

1位 どこの国から来たか。

2位 名前は何か。

3位 父親の名前は何か。

である。

国、名前はわかるが、父親の名前を聞かれるところが、

イスラム圏の国に来たと言うことを、感じさせる。

そういえば、こんなことがあった。

ジョソールの街である。

水を買おうと売店へ行った。

そして、やっぱり質問攻めが始まる。

その質問のひとつに、日本のどこから来たのか?

と言うのがあった。

東京か、広島か、長崎か。

東京はわかるが、広島、長崎と言うのは、

今まで旅してても、なかなか聞かれない街であった。

そう、彼はこの二つの町に、原子爆弾が落とされた

ことを、知っているのだ。

彼は最後に、

「アメリカ、ノーグッド」

と言った。



11時チッタゴン到着。

ここにも3泊した。

久々の都会であった。

ちなみに、チッタゴンは首都ダッカについでの、

第2の都市である。

宿は少し高くなっていた。

一泊200タカである。

今までが、60タカ、80タカであったので、

尚更高く感じる。

でも、それらの宿は、とても綺麗な宿とは言えず、

それに引き換え、ここはとても綺麗で、

朝には、英語の新聞を毎朝届けてくれるほどの、

きちっとした宿であった。

でも、英語だから読めません。

そして、高いと言っても、約3ドルである。

バンコク、カオサンでは、3ドルでは

ドミトリーに泊まるのが、せいぜいであろう。



チッタゴンを後にし、バスで4時間、

コックスバザールへ向かう。

ここは世界一長い砂浜のあるところだ。

その長さ、132km。

海はベトナムのニャチャン以来だ。

今までは、げっぷが出るほどの、

山ばかりでしたから。

でも、寒いからなのか、泳いでいる人は誰もいない。

閑散としたビーチに、寂しく誰もいないデッキチェアが、

ぽつんぽつんと置いてある。

といった風景が、広がっていました。



季節的には、一番夕日が綺麗に見えるという。

でも、曇っていた。あまりよく見えなかった。

ここには2泊。

深夜バスで、ダッカ行きがあったので、

これで行くことにした。

さすが首都ダッカである。

長距離バスがあるなんて。

11時間で、ダッカに着く。

夜9時半出発で、次の日の朝にダッカに着く。

久々の、長距離に移動であった。



ダッカには、結局13日間いた。

ちょうどムスリムのお正月みたいのがあり、

ビザの申請が出来ず、また町中で牛を殺していた。

牛も災難だ。

わずか数百キロ離れていれば、聖なる動物なのに、

ここでは片っ端から、殺されていた。

聞いたところによると、バングラじゅうでやっているらしい。

そしてそこで、考えた。

牛が殺される

→牛肉の値が暴落する。

牛肉が食べたくなる。

→バーベキューをする。



と、マズローの欲求5段階説もびっくりする論理で、

バーベキューをしました。



中国雲南省大理。通称No.5で偶然会った仲間と

ここダッカで再会することが出来ました。

ホテルの名前は、アルザラック。

実に4ヶ月ぶりですね。

また、どこかで再開することを祈って、

再び別れました。





バングラは実に精力的に移動をした。

それにはいろいろな理由がある。

1、完全に一人であった為、気ままに思いつきで

  移動できた。

2、久しぶりにガイドブックと共に、旅が出来た。

  ロンプラ、旅行人ノートと完璧であった。

  ロンプラはコルカタで古本を買いました。

  旅行人は、コルカタの宿に置いてあったやつを

  拝借してきました。

  ちなみに、地球の歩き方はまだ出ていない。

3、ベンガル人はとても親切で、正義感が強いので、

  どこどこに行きたい!!

  って言えば、全て助けてくれる。

  そして、ちょっとチャー(ミルクティー)でも

  飲んでいかないか。

  と、誘われます。

  しかもベンガル人におごってもらいます。

  タバコもわざわざ一本買ってきて、それをくれます。

  でも、後半はなんだか悪い気がして、丁重に

  お断りしていました。



と、上記が大きな理由であった。



実に旅のしやすい国であったのは、間違いが無い。

英語の話せる人は、それほどいないが、

必ず、どこからか英語の話せる人が、やって来て、

通訳してくれた。

そして、また困ったことがあれば言ってくれ。

と、風のように去っていく。

だから、困ることは何一つ無かった。

ただ言えるのは、

カレーは食べ飽きたということだけだ。

そして、アザーンがうるさいということだ。

アザーンとは、1日5回イスラム教の

礼拝の呼びかけだ。

これは、モスクから聞こえてくる。

チャーはインドのそれと、味はほとんど変わらない。

でも、インドより安い。

インドでは、チャイが一杯2~3ルピー

(1ルピー=2.5円)だ。

バングラでは同じ2~3タカだが、

1タカ=1.8円なので、だいぶ安い。



バングラデシュ。

どうであろう。

一度、これを読んだ諸兄は、

来て見たくなった事ではないだろうか。

ぜひ、一度来て見てはどうだろうか。

君も、多くのベンガル人に助けてもらえるだろう。

やっぱり、テキストの変換ができず、

ブログを更新できません。

せっかく、大作を打ったのに、

これではどうしようもありません。

もう少し、研究が必要でしょう。

よって、縁があればバングラの

様子を書きます。

また、ネット屋で書くのは、

かなりめんどくさいです。

大作ですから。



ところで、今ひとつの問題があります。

それは、



パキスタンのビザです。



思い起こせば、

カトマンズから始まります。

カトマンズも、パスポートの申請、インド、

バングラビザと大使館通いでした。

よって、パキビザを後回しにしてしまった。



バングラで取ればいいやと。



それが間違いでした。



バングラでは、イランビザはサクッと取れました。

しかし、パキビザ。。。



レターも無事もらい、朝9時にパキ大使館へ。

フォームに書き、自分の番が来たので、

提出すると、パキに泊まるホテルが書いていない、

と注意されました。

当然、予約もしていないし、ホテルの名前さえ知らない

わけで、書けるわけがありません。

知らないから、教えてくれって

言ったら、

旅行代理店で予約して、明日また来い!!

って言われ外に出されました。



しょうがないので、次の日適当なホテルを調べて、

書いて、提出すると、

予約した証拠を出せって言われ、

インターネットで予約したから、

そんなの無い!って言ってやりました。

「ノー ライト」

それはウソだ。

と軽く見破られました。

むかついたので、

「2度とここには来ないよ」

って捨て台詞を吐いて、帰っていてしまいました。



よって、パキビザがまだありません。

その先のイランはあるのに。



そして、コルカタにはパキ大使館はないとのこと。

後は、デリーでしかチャンスがありません。

もしビザが取れなければ、

風の谷には、行けないってことになります。



ちなみにパキスタンは、ラオス、ネパールと並び

行きたい国ランキングの上位を占めていた国です。

まずは、いち早くカニャクマリを目指し、

インドをグルッと回り、デリーへいち早く向かいます。

インドはこの際どうでもいいですね。

足早でデリーを目指します。