藏巴塘は芒康に負けず劣らず、小さな町だ。
四川省とチベット自治区の境の町である。
街の端から端まで歩いても、2分とかからない。
宿は一泊10元という安さで、今まで旅をした宿の
中でも一番安かった。
そしてここで、決断をしなければならなかった。
1、ゴルムドへ行って、正規のバスの乗るか。
2、成都へ行って、飛行機で行くか。
3、ラサ行きをあきらめて、違うルートで行くか。
4、再度闇バスで、ラサへ向かうか。
5、めんどくさいので、日本へ帰るか。
ゴルムドへはチベットを迂回して、ぐるっと回る感じ
のところにある。ちょっと遠いのでパス。
成都はここからラサへ行くくらい遠い、
これもパス。
違うルートはどこをどう通れば、どこにいけるのか
わからないのでパス。
日本へ帰るのは、世界一周といっておきながら、
今帰るのは恥ずかしいからパス。
ということで、再度闇バスで行くしかない。
すぐに、バスターミナルへ行き、ラサ行きのバスがあるか、
聞いてみると、さっくり
「メイヨウラ(ない)」
ここ3日間はもう売り切れてない、ということである。
ちなみに、今は中国のゴールデンウィークみたいなやつで
連休中である。
八方ふさがりであった。
ミニバスを乗りついで行くことしかないのである。
さすがに2回も捕まる訳には行かないので、
準備を万端にしなければならない。
頭の中のブレーンを集めて、チベットPTを結成した。
そして、
寒さをしのぐ毛布 20元
雨風を防ぐブルーシート 6元
もしもの時の缶詰 5元
チベットの満点の星空 priceless
後は、スプーン、フォーク、ロープ、手袋を購入。
これで如何なる対処も出来る筈である。
やがて、3日間がたった。
一応、3日間空けたのである。
そして、再び芒康へ向かった。
この街は何も変わっていない。
当たり前である。3日前来たばかりだから。
しかし、変わっていることが一つあった。
雨であった。
まずはここで一泊し、明日の朝バスを見つけなければならない。
雨ではビバークも難しい。
しかし、僕はこの言葉を思い出していた。
浄土宗の開祖、法然の言葉である。
一切衆う しつう 仏しょう(漢字はわすれた)
全ての人間は、仏になる可能性がある。
そうなのだ、この自分も仏になる可能性があるのだ。
だから、寺に泊まれるはずである。
迷わず寺に向かうと、坊さんどころか誰もいない。
しょうがないので、寺の軒先を借りて、
ここに一泊することにした。
朝8時バスターミナルの前に行って、ラサ方面の
ミニバスを探すが、香格里拉行きと巴塘行きしかない。
もう少し待つか、と考えていた時、
あの、チケット売りとバッタリ会ってしまった。
「お前なんでまた芒康にいるんだ」
「まあ、そういうなよ」
と言って、足早にそこを立ち去った。
すぐに作戦変更をし、ヒッチハイクに切り替えた。
芒康市内とラサ方面の分かれ道へ行き、
トラックを止めた。
しかし、どのトラックも検問があるから、だめだと言う。
また、行く術がなくなってしまった。
とぼとぼと昨日の寺へ帰った。
今となっては、妙に落ち着く寺となったいた。
寺の外は、チベタンがたくさんいる。そして彼らは
みんな、腰にナイフを下げている。
そして、顔つきがギラギラしている。
しかし、ここにはいない。
たまに坊さんが、こいつなんだ。って顔で見ていくだけである。
もう一泊して、再度ミニバスを探すしかない。
朝7時、昨日より早くバスターミナルへ行く。
しかし、ラサ行き所か、ミニバスの1台も止まっていない。
さすがに、もうこの町にいるのは危険だ。もう一泊は出来ない。
7時半、僕は最後の奥の手を使うことにした。
あのチケット売りに頼むのだ。あいつがもし公安にチクッたら、
もうしょうがない。
偶然にも、ラサ行きのバスが止まっている。
「おい、ラサ行きのチケットを売ってくれ」
「お前またラサへ行くのか。雲南じゃないのか」
「いいからラサ行きを売ってくれ」
「この日本人バカだぜ。同じ所行ったりきたりしてるよ」
こんな感じのやり取りであったが、何かチケット売りは
勘違いをしていた。
でも、チケットは売ってくれたのである。
ついに、ラサへ行ける。しかし、
心配すな。安心すな。
である。
バスが動くまでは、まだわからない。
8時発であったが、8時40分までバスの出発は遅れた。
しかし、出発した。もう安心だ。
また、山を越え谷を越え、が始まった。
すばらしい景色ではあるが、こんなに山があると
ムカつく。
いい加減にしてほしい。
そして、八宿と言う街へ着いた。
今日はここに一泊である。
夜、12時までチベタンが寝静まるのを待ち、
少し、山のほうへ行きビバークを張った。
次の街は、おそらく八一だろう、そこは芒康と
同じくらい、公安が厳しいところと聞く。
しかし、ここを過ぎればおそらく次はラサであろう。
あと少しである。
八一の街へつく。
びっくりした。
突如現れた、漢民族の街である。あれほどいたチベタンは
一人もいない。しかも都会である。
今まで中国で通ってきた街の中では、昆明に次ぐ都会である。
しかし、そんなことは今の自分には関係ない。
都会=ビバーク出来ない
なのである。
とりあえず、晩飯でも食べようかと、町の中心へ向かう。
やっぱり都会はいい。
24時間のインターネットカフェがあるのだ。
あそこにいれば、寒くなく一泊出来る。
その日は、そこで一泊した。
次の日ついにラサへ着く。
心躍る瞬間である。
しかし、あとラサまで2時間と言うところで、突然吹雪になる。
あっというまに、一面真っ白になった。
もし、この雪でもう一泊なんてことになったら、凍死してしまいます。
でも、着きました。
ついにラサの北バスターミナルへ着きました。
名作ドラマ「スクールウォーズ」の最終回になぞらえば、
マーク、チベットに勝ったんだな。
ケンジ勝ったんだよ。ユーアー ウイナー。
賢治は川浜フィフティーンのタックルを一身に受けた。
そして、群がる新聞記者に
「勝てると信じていました。信じていましたが、やはり不安でした。
でも、こいつらはやってくれました。今日は泣かせてください。」
賢治はひとりグランドに立っていた。
そして、わかっていた。もうすでに次の旅が始まっていることを。
おわり。
かなり、めんどくさいので、これからはこんなに長く書くことはありません。
3泊4日で行けるところを、11日間掛けました。
500元で行けるところを、1200元かかりました。
無駄な時間と、お金を使ってしまいしました。
いい経験にはなったと思うことにしてますが、
二度と経験したくありません。
四川省とチベット自治区の境の町である。
街の端から端まで歩いても、2分とかからない。
宿は一泊10元という安さで、今まで旅をした宿の
中でも一番安かった。
そしてここで、決断をしなければならなかった。
1、ゴルムドへ行って、正規のバスの乗るか。
2、成都へ行って、飛行機で行くか。
3、ラサ行きをあきらめて、違うルートで行くか。
4、再度闇バスで、ラサへ向かうか。
5、めんどくさいので、日本へ帰るか。
ゴルムドへはチベットを迂回して、ぐるっと回る感じ
のところにある。ちょっと遠いのでパス。
成都はここからラサへ行くくらい遠い、
これもパス。
違うルートはどこをどう通れば、どこにいけるのか
わからないのでパス。
日本へ帰るのは、世界一周といっておきながら、
今帰るのは恥ずかしいからパス。
ということで、再度闇バスで行くしかない。
すぐに、バスターミナルへ行き、ラサ行きのバスがあるか、
聞いてみると、さっくり
「メイヨウラ(ない)」
ここ3日間はもう売り切れてない、ということである。
ちなみに、今は中国のゴールデンウィークみたいなやつで
連休中である。
八方ふさがりであった。
ミニバスを乗りついで行くことしかないのである。
さすがに2回も捕まる訳には行かないので、
準備を万端にしなければならない。
頭の中のブレーンを集めて、チベットPTを結成した。
そして、
寒さをしのぐ毛布 20元
雨風を防ぐブルーシート 6元
もしもの時の缶詰 5元
チベットの満点の星空 priceless
後は、スプーン、フォーク、ロープ、手袋を購入。
これで如何なる対処も出来る筈である。
やがて、3日間がたった。
一応、3日間空けたのである。
そして、再び芒康へ向かった。
この街は何も変わっていない。
当たり前である。3日前来たばかりだから。
しかし、変わっていることが一つあった。
雨であった。
まずはここで一泊し、明日の朝バスを見つけなければならない。
雨ではビバークも難しい。
しかし、僕はこの言葉を思い出していた。
浄土宗の開祖、法然の言葉である。
一切衆う しつう 仏しょう(漢字はわすれた)
全ての人間は、仏になる可能性がある。
そうなのだ、この自分も仏になる可能性があるのだ。
だから、寺に泊まれるはずである。
迷わず寺に向かうと、坊さんどころか誰もいない。
しょうがないので、寺の軒先を借りて、
ここに一泊することにした。
朝8時バスターミナルの前に行って、ラサ方面の
ミニバスを探すが、香格里拉行きと巴塘行きしかない。
もう少し待つか、と考えていた時、
あの、チケット売りとバッタリ会ってしまった。
「お前なんでまた芒康にいるんだ」
「まあ、そういうなよ」
と言って、足早にそこを立ち去った。
すぐに作戦変更をし、ヒッチハイクに切り替えた。
芒康市内とラサ方面の分かれ道へ行き、
トラックを止めた。
しかし、どのトラックも検問があるから、だめだと言う。
また、行く術がなくなってしまった。
とぼとぼと昨日の寺へ帰った。
今となっては、妙に落ち着く寺となったいた。
寺の外は、チベタンがたくさんいる。そして彼らは
みんな、腰にナイフを下げている。
そして、顔つきがギラギラしている。
しかし、ここにはいない。
たまに坊さんが、こいつなんだ。って顔で見ていくだけである。
もう一泊して、再度ミニバスを探すしかない。
朝7時、昨日より早くバスターミナルへ行く。
しかし、ラサ行き所か、ミニバスの1台も止まっていない。
さすがに、もうこの町にいるのは危険だ。もう一泊は出来ない。
7時半、僕は最後の奥の手を使うことにした。
あのチケット売りに頼むのだ。あいつがもし公安にチクッたら、
もうしょうがない。
偶然にも、ラサ行きのバスが止まっている。
「おい、ラサ行きのチケットを売ってくれ」
「お前またラサへ行くのか。雲南じゃないのか」
「いいからラサ行きを売ってくれ」
「この日本人バカだぜ。同じ所行ったりきたりしてるよ」
こんな感じのやり取りであったが、何かチケット売りは
勘違いをしていた。
でも、チケットは売ってくれたのである。
ついに、ラサへ行ける。しかし、
心配すな。安心すな。
である。
バスが動くまでは、まだわからない。
8時発であったが、8時40分までバスの出発は遅れた。
しかし、出発した。もう安心だ。
また、山を越え谷を越え、が始まった。
すばらしい景色ではあるが、こんなに山があると
ムカつく。
いい加減にしてほしい。
そして、八宿と言う街へ着いた。
今日はここに一泊である。
夜、12時までチベタンが寝静まるのを待ち、
少し、山のほうへ行きビバークを張った。
次の街は、おそらく八一だろう、そこは芒康と
同じくらい、公安が厳しいところと聞く。
しかし、ここを過ぎればおそらく次はラサであろう。
あと少しである。
八一の街へつく。
びっくりした。
突如現れた、漢民族の街である。あれほどいたチベタンは
一人もいない。しかも都会である。
今まで中国で通ってきた街の中では、昆明に次ぐ都会である。
しかし、そんなことは今の自分には関係ない。
都会=ビバーク出来ない
なのである。
とりあえず、晩飯でも食べようかと、町の中心へ向かう。
やっぱり都会はいい。
24時間のインターネットカフェがあるのだ。
あそこにいれば、寒くなく一泊出来る。
その日は、そこで一泊した。
次の日ついにラサへ着く。
心躍る瞬間である。
しかし、あとラサまで2時間と言うところで、突然吹雪になる。
あっというまに、一面真っ白になった。
もし、この雪でもう一泊なんてことになったら、凍死してしまいます。
でも、着きました。
ついにラサの北バスターミナルへ着きました。
名作ドラマ「スクールウォーズ」の最終回になぞらえば、
マーク、チベットに勝ったんだな。
ケンジ勝ったんだよ。ユーアー ウイナー。
賢治は川浜フィフティーンのタックルを一身に受けた。
そして、群がる新聞記者に
「勝てると信じていました。信じていましたが、やはり不安でした。
でも、こいつらはやってくれました。今日は泣かせてください。」
賢治はひとりグランドに立っていた。
そして、わかっていた。もうすでに次の旅が始まっていることを。
おわり。
かなり、めんどくさいので、これからはこんなに長く書くことはありません。
3泊4日で行けるところを、11日間掛けました。
500元で行けるところを、1200元かかりました。
無駄な時間と、お金を使ってしまいしました。
いい経験にはなったと思うことにしてますが、
二度と経験したくありません。