糠漬け哀楽

糠漬け哀楽

失敗、試行錯誤を繰り返し、ようやくおいしい糠漬けに辿り着くことができました。和食文化の知恵がギュッと詰まった糠漬け、これを味わう幸せを、余すところなくお伝えします。

失敗、試行錯誤を繰り返した末、世にも美味しい糠漬けに辿り着きました。

ギュッと詰まった日本の食文化の知恵、これを味わう幸せを、余すところなくお伝えします。


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オバマ大統領の広島訪問、そして演説。

ここに新しい光を感じます。

「オバマ氏の演説の中に、具体的な核廃絶の言葉がないのはいかがなものか」という言葉は、そっと置いておきましょう。

具体的であること、オバマさんの行動が何よりも具体的だったと私には見えます。広島への訪問、被爆者との対面、握手、抱擁。

そしてオバマ氏と言葉を交わした被爆者坪井さんの言葉。

「原爆投下は、アメリカがどうのこうの(という以上に)・・・人類の過ちなんです」

この言葉をどう捉えましょう。

ここに、未来へのヒントが含まれているように、う~ん、私には見えるんです。

 

 

竹の子の季節です。

今年はご近所の方々から、たくさんいただきました。

今朝は早い時間にずぶぬれの姿で「はい、掘りたてね!」とドッサと置いていかれて、ありがたくもったいないばかりです。

おいしい竹の子で、心も太ります。

東京駒場の「日本民藝館」に行ってきた。

特別展「朝鮮工芸の美」の初日である。

行くと、初日のことあって、テレビ局が取材に来ていた。インタビューに応える学芸員さんの話がなかなか聞き応えがあり、フムフムと陰でそっと聞き耳を立てる私。やがインタビューが終わったので別の部屋に移って作品を見ていると、「ちょっとちょっと」と学芸員さんがこちらに手招きをする。何かと話を聞くと、韓国のテレビ局が取材に来ているから、ちょっとインタビューに応えてもらいたい、という。

「えっ! 韓国! 韓国中に流れるんですか」
「そうです」
「いえ、私は・・・」
「いいから、いいから」
ということでカメラに向かって少し話しをしましたが、私はこう言いたかった。

「民芸館を創立した柳宗悦の「美」の思想には「平和」の思想が含まれているんです。日本が朝鮮を植民地にして、朝鮮文化を破壊しようとしていた真っ最中に、柳は朝鮮美術の美を唱ています。朝鮮美術を守ろうとしています。朝鮮の美しさは非常に清潔感があり、愛おしいです」

けれども緊張と力みでしどろもどろになってしまって、もういつまでたっても「ああ言えば良かった、こう言えば良かった」とその後は作品を味わうどころではなくクヨクヨな気分になってしまった。

「私のダメですから、他の人に撮り直してください」と言っても、「いえ、これで十分ですよ」と韓国のカメラマンがさわやかな笑顔で言う。

・・・ああ、と頭を抱えながら民芸館をウロウロ周り、出ようと玄関でもぞもぞと靴を履いていた。と、するとなんと、そこに石井頼子さん、らしき人がいた。石井頼子さん、というのは棟方志功の研究家であり、本を何冊も出しておられる、棟方志功のお孫さんである。石井頼子さんの文章は潔く、やさしく、非常に読みやすくて私は大好きなのだ。

「石井頼子さん、ですか?」と聞いてみる。
「はい・・・」どなた? という顔つき、
「私、富山から来ました、愛染苑に勤めております」
「あら、まあ!」

私はこの後、日本近代文学館へ行くつもりでいたが、偶然にも頼子さんもそこへ行く用がある、というので、一緒に行った。私はもう、インタビューのクヨクヨなんてどこぞに吹き飛んでしまってもう嬉しくてしょうがない。

頼子さんは晩年の志功のアトリエに唯一自由に出入りできたかわいがられた孫で、志功のことを身近に知っている。身内の人しか知り得ない意外な話も聞けたり、とため息が出そうだ。

頼子さんは月に一回源氏物語を読む勉強会に参加しているそうだが、その会場が文学館であった。とっても面白い勉強会だから、ぜひ一緒に行きましょう。と誘ってくださる。そこで「いえいえ、とんでもない」とこんな面白そうな話は断れない私である。
「行きます、行きます!」
とルンルンと付いてゆく図々しい私である。

勉強会は非常に趣向が凝らしてある。
まずは掛け軸が掛けられ、お花が活けられ、そして何かしらの資料。今回は北海道(沖縄だったかな?)の百人一首のカルタと、書が与謝野晶子の竹取物語の絵巻物である。
そしていよいよ始まった源氏物語の解読だが、これが進まないにも進まないにも。なぜなら、源氏物語にこれから漢詩が出てくる、となったら王維や宇武陵らの漢詩の書かれたコピーが配られ、そのまた漢詩を意訳した日本人作家の面白い文章が紹介され、脱線に終わりがない。そして1行目に「上達目」という言葉が出てきたら、平安時代の官邸に遣える人々の仕事役割の仕組みだの生活だのの話へと流れてゆく。

この先生というのが、お名前は忘れてしまったが、私は非常に面白く感じて毎回通いたいくらいのものだった。

夫に子供たちを預けてきた私、時間に限りがあるのと、文学館で夏目漱石と樋口一葉の資料が見たかったので途中で頼子さんにお別れを告げ、退出したが、胸のときめく時間であった。

ありがとう、ありがとう。

頼子さんは人を気負わせることなく、リラックスさせて楽しませてしまう。志功もきっとこんな雰囲気を持っていたんだろな、と想像してみる。