東京駒場の日本民藝館で「朝鮮工芸の美」の特別展が始まった。
志功の勉強をしていると、どうしてもこの「民芸」という思想に行き当たる。
強烈な個性を発揮している志功の作品が、名もない職人の作る日用品の美と根流するのはおかしなことのように思えるが、ところがこれは360度回りまわって共通するところが非常に多い。
民芸の思想を提唱した柳宗悦は志功の作品についてこういっている。
「棟方の絵は、美しいとか醜いとかの範疇を一歩超えたところのものである。美しくなければいけない、というような窮屈なものではない。そこに棟方の強みがある。何かもっと自在なのである。何ものにもこだわりのない自由なところから、あの独創性が湧いてくるのである。
多くの絵画は神経で仕事をしたり、技巧で片付けたり、理論で築き上げたりする。棟方の仕事はもっと遠いところから来ているのである」
つまり、我のないところから出てくる仕事、というところが名もない職人と同じ境地だと言っていい。
春休み、この「朝鮮工芸の美」を観に行ってきた。