先月11月25日(日)。
全島の手話サークルをまとめる佐渡手話サークル連絡協議会が主催するクリスマス会がありました。




はい、今さら過ぎる更新ですぷっ


参加者は70人くらい。皆名札を付けて名前の貼られたお座敷のテーブル席に座りました。ゲームやプレゼントの抽選会もあった。



私はタツコとウニョコ、姪っ子のI も引き連れて参加。そして、今回はついに義母を連れ出すことに成功しました 今まで参加出来ない年もあったものの、毎回義母を誘っていました。でも答えは「行きません」だけ



「どうして?」


「私は難しい手話分かりません、人が沢山、疲れます。嫌です

「要らない、要らない」


と、本当にイヤそうに邪険にする顔をするんですね
聴者は、(というか私は)好意で誘ったのに、こういう態度をされるとグサッと傷ついたりするものです かといって、オブラートに包んだような言い回し方は、やはり日本語文化だから、義母が出来なくても仕方のないところ・・・。


ろう者と聴者は、表現方法は違うものなのだ と何度でも自分に言い聞かせます。それに私が傷つけたこともあるに決まっているし、歩み寄れた部分も沢山ありますから

無理強いする気も無し、毎年諦めてました



でも今年は「行ってみます 」と。ツブゾウの粘り勝ちだバンザイ




義母は楽しかったようなのです 
先生方からの歓迎も受けて、お座敷の広い会場に入れば皆が手話で挨拶をしていた。大きなスクリーンが吊るされ、要約筆記者が常に司会者の言葉を書き出している、もちろん司会をして下さった会長も手話を使っている。誰がろう者で、聴者なのか分からないくらい、手話を使っている人が多く、皆会話をしている・・・



そしてそして、お話に来て下さった私の先生と手話で会話をして(先生は補聴器をつけておられる、難聴の方です)

ろう者であったが、失明もされて盲ろう者となった方との出会い、その方と通訳の方との触手話を間近で見て、どのようにして毎日を過ごしているかをお話ししてもらったり・・・

義母と同じ理由で難聴となってしまった4歳の女の子との関わり・・・

自分の好物である佐渡の特産品を作っている人が、実は聴覚障害者であったという事を知っての驚き・・・





思うことが沢山あったのだと思います。
考え込んだ表情をしたり、楽しそうに笑ったり驚いたりしているのが分かりました。


家に帰ってから「どうでしたか?疲れましたか?大丈夫??」と質問してみると、「大丈夫、楽しい、面白かった、ありがとう 」と返事をしてくれました。私もそれが何よりうれしい出来事でした。良かった良かった





ただ・・・・・・
義父がものすごく不機嫌になった
帰った義母を見るなり睨んで怒鳴っていました。私も無視されました。


もちろん義父も誘っているのですが、何の、どんな集まりか、というのも伝えるに難しいので そうなると尚更、義父は「行く」なんて言いません。自分の分からない世界で遅い時間まで遊んで楽しんできた・・・ということが、義父は面白くない つまらない気持ちと嫉妬と、寂しさと甘えを前面に出した「猛烈な不機嫌」だったんです


「楽しかったのかい?良かったねぇ」なんて反応でも返ってくれば、見直すんですけど・・・




でも、ろう者聴者、男女すら関係なく、こういう心理はありますからねぇ。義父は気持ちを整理する方法が分からないので正直に全て出すのですね、いつも。
この辺は、既にタツコの方が大人です・・・



でも義母はそんなことも気にせず、ニコニコして夫に土産話を沢山していましたぷっ
来年も「行く」って言ってくれたらいいのだけど



私も先生方を始めとした沢山の方と手話も使って話ができてとても楽しかった



・・・という今さら過ぎる思い出話でありました。