私は何もかもが気だるくて、どうでも良かった
社会に出てからは特に、失望の連続だった

ずっと夢だった、介護職になったが
お金のことしか目になく、利用者様そっちのけな
経営者たち
仕事を早く終わらせ、楽になることしか考えない人たち

何となくそれに反発してしまう、幼稚な私は
いつも一部の先輩たちから
「偽善者」
「ただの理想主義者」
「周りに合わせないから嫌われるんだ」
と言われてきた

なじられる度、自分が何をしたいのかわからなくなった
何かある度、もう嫌になって現実から逃げる選択しかできず

"何をやろうが、所詮は何も変わりはしない"
という結論に至った

あとは適当に生きることにしていた






そんな私を叩き壊していったのが

3年前のシンとつぶの死

私が唯一、信じてきた存在
しかし、私は弱さに逃げる内に
二匹を思いやることもしなくなり
結果的には二匹の死期を早めることになった

"私が逃げたせいだ"

私は毎日、自分を責めた





時折、幻影のようにつぶが現れることがある
シンとは異なり、苦しみと悲痛の中
あまりにも惨めな最期を迎えていった彼女は
私が苦しむ時、あの悲しくも憐れむ目で私を見つめる

私はつぶに問いかける



「お前、私を恨んでるだろう?」

「考えたこともないわ、お姉ちゃん」

「お前が死んで、私は自分を見つめ直そうと這い上がったよ。でも、正しく生きようと思えば思うほど、辛いよ。
誰も優しくない。認めてももらえない。ただ苦しいだけだ。

何の意味があるんだ?
世間を見てよ、正直者ほどバカを見てる

もうさ、何も考えないほうが楽だよ
頼むから、もう解放して
お前がちらつく度、私は自由になれないんだ


「違う、違うわお姉ちゃん。

いつか、わかる日がくる。
きっとわかる日がくるわ。
辿り着ける日がくるから。

私、今も隣にいる。ずっと一緒よ。」



あの悲しい目で
私に語りかけてくる
私が遠ざけようとしても、逃げようとしても
彼女は昔のように、私から離れなかった。





今日、4年間務めた職場を離れた。

つぶ、シンと亡くなって以降は本当に怒涛の日々だった

良くも悪くも

足掻いて、もがいて、噛みついた3年になった

そうして気づいたことがある


私は結局、逃げて逃げて
誰とも向き合う勇気がなかったということ
つぶ、シンがいなくなった後に
ようやく 自分が何をしたいのかを知った気がした

二匹は犬で、私は人間
決定的な違いはあれど

二匹はいかなる時も、私と向き合って
全てを受け止めてくれていたと
許してくれていたと
失望もなく、当たり前のように

人間がこれをするのって
凄く難しい
大概は私のように、現実から逃げて周りに迎合するようになるだけだろう
それが実は間違いだったとしても!

「犬=DOGは逆読みするとGOD(神)になる
人にはなしえない力と強さがある
神がいるのなら、きっとシンとつぶのような
木漏れ日のようで
一見、力があるように見えないけど
生きる力を与える存在のことなんじゃないかと
思うんだ」


母が、私に教えてくれた言葉だ


"いつかわかる日がくる"


辛い時、投げ出したい時に
つぶが何度も励ましにやって来る


わかってる 大丈夫だよ
ありがとう
苦しかったけど、人生で一番
誇らしい3年間になったよ
お陰様ですっごく晴れやかだ

皮肉だけど、君たちの死がなければ
気づかない位
私は阿呆の極地になってたよ
それでも、まだ阿呆だけど......真顔



さあ、明日はしじみの手術だ
1週間休んだら、次の夢と目標に向かっていこう


"辿り着ける日がくるから"



そうだね

きっと、今はわからなくても

わかる日がくる