団塊の世代の方々と、若い頃、芝居をしていた。
ちょいと上から目線で国を変えたいと、学生運動をして、粛清され、それぞれ社会で、意外にも、取り締まる側になったり、教育、国政の中で、全く逆の立ち位置で生活していた。もう、大抵年金生活だろうが、そんな理想も地に落ちた感がある。
今の議員の中枢も、学生運動を見たり、参加した方々だろうが、今の世の中見れば、そんな理想の断片も見えない、弱い国民を、見殺しにして、選ばれた者だけが生き残ればいいと思っているようだ。
オイラも、子供の時、何不自由なくいきていたが、今は必死だ。
オイラも、子供の時、何不自由なくいきていたが、今は必死だ。
若者や学生が、少しもこの異常な締め付けや、生活を壊されている状況に対して、若さで立ち向かおうとか、反抗の歌を歌ったりもしない。
演劇こそ、芸人こそ、世の中を批判して、ぶち壊そうと布教すべき時ではないか?
そんな表現者が率先して、ステイホームとか、思考停止していたら、国は潰れる。
ツィッターが表現とか、それに変わったという事か?
何の不満も言わずに自粛する方々、もしかすると、自分は選ばれた側の人間で国に見捨てられるはずはないとお思いかもしれないが、そいつは大間違いだ。どんな仕事だろうが、公務員だろうが、この国の毒牙からは逃げられない、闘わないかぎり。
バイトの連中にも、オイラは意見を求めるが、テレビや報道を鵜呑みにするだけ、社会に対して、不安も疑問も何も持たない。
大学に行きながら、なんにも考えず、ただ、就職に向けて準備しているだけ。情けない。
オイラは、バブル真っ只中の学生時代で、とにかく上しか見てはいなかった。社会全てがイケイケだった。
希望があった。
それも、まぼろしだったかもしれないが、今よりは充実していた。
翼餃子は、ただの餃子屋だが、だからこそ、ここに訪れた人、一人一人に安らぎと、冷静に、自分らしく生きて行けるように、栄養を提供します。
こんな、腐った国の事は考えず、自分を磨き、強くなる時だ。やがて、社会に出て戦う時のために。
毎日休み時間20分もなく、十五時間も働き、修行の息子を応援してます。
世の中の事など興味はないが、余りにも、若者に動きが無く、情けないので。つぶやいた。
つぶやくことが、今は、演劇やアートの代わりになっているのかと、思うこのごろ。
やはり、芸はないわなー、
餃子肉汁バクダンと、痺れる真っ赤な火鍋で、目を覚ましてみるかい?
翼餃子。
表現したい方々、ものつくりしたい方々、こんな時だからこそ、一緒に何か作ろうぜー。
って思っています。アオーーん。


