バガボンド ~さすらい大学生の旅日記~ -5ページ目

死と隣り合わせのドライブ

外に出ると白い軽が停まっていた。運転席からドライバーが出てくる。

そいつが薬中だと一目でわかった。
目がうつろで、ヒンディー語が分からない自分でも滑舌が悪いのが分かるほど噛み噛みだった。

おいおい、こっからこの薬中とアグラまでの200kmドライブするのかと思うと吐きそうになった。
しかし、ドライバーなのだ。ここはひとつこいつに命を委ねるか、ということで車に乗り込んだ。
後部座席に座ると寝てしまいそうだったので、助手席に座った。
そう、いくら命を預けると言っても死ぬのだけはごめんだ。
焼け石に水かもしれないが、助手席に座り注意を促すことで多少なりとも事故率を下げる事が出来るかもしれない。

そうこうしてるうちにドライブが始まった。
時計は深夜の一時を回っていた。

最初は自己紹介も踏まえながら軽く談笑していた。
あ、これならいけるかもと思った。せいぜい200km、時間にしたら2~3時間。
なーに、すぐに着くだろう。しかし、その考えは甘かった。

まず信じられないかもしれないが、デリー・アグラ間の道路に外灯がほとんど無いのだ。
灯りはヘッドライトの灯りと対向車のヘッドライトの灯りのみである。
つまり、ほとんど前が見えないのだ。
何がデリー・アグラ・ジャイプールの三つを合わせてゴールデントライアングルだ。

初めは良かったものの時間にして30分くらい過ぎた頃だろうか、
車が路肩にスーッと寄っては戻り、寄っては戻りを繰り返しだした。
そう、こいつ(以下クスリ、いやクリス)は居眠りしてやがったのだ。

まあ想定内のことだったので、驚きもせず、冷静に肩をたたいたり、
声をかけたりしてなんとか事故を起こさないように気を払った。

するとさすがに限界が来たのかクリスは路肩に車を停め、一時間寝かしてくれと言い出した。
まだドライブが始まってからたったの一時間しか経っていない。ふざけるな。
しかし、一時間寝る事によってクリスの眠気が少しでも和らぐならと快く了解した。

ものの一分ほどで眠りについたクリス。かたや興奮して眠れない旅人。
暇をつぶそうにもiphoneの充電は無いし、暗くて本も読めない。
近くにオープンテラスの茶店のようなものがあり、もう深夜2時を回っているというのに
ひっきりなしに人が出入りしていたので、人間観察をすることにした。

ただこの時はインド人に恐怖しか感じてなかったので、
目が合うと寝たふりをするという作戦を取っていたのだ。
なにもおかしくはない。ここまで散々な目に、しかも初日に、
遭ってきて恐怖を感じない方がおかしいのだ。
傍から見ると滑稽に見えたかもしれないが、そんなことは気にしない。
そうやって人間観察を続けていると、昔見たインド映画で見たことのある光景を目にした。

そこには定員50人のバスにおそらくその倍は乗っていようかと思われる
今にも人がこぼれ落ちそうなバスが通り過ぎ、そして停まった。
そんなに人乗れる??と思えるほど次々に降りてきた。

あるものはタバコを吸い、あるものはチャイを飲んでいる。
その中で気になったのは、伝統衣装のサリーを身に纏った女性たち
片手にはペットボトルを持って、草むらの方へ続々と歩いて行く。何をするのだろうか。
するとおもむろにみんな座りだして、用を足しだしたのだ。
これには驚いた。なにか見てはいけないものを見た気がして、反射的に目を逸らした。
しかし、女性たちは何も気にする様子は無く、当たり前のように用を足していた。
おばちゃんならまだ分かるが年頃の娘もいただろう。
これがインドか。そう、今自分はインドにいるのだと再認識させられることとなった。
もう少し見えないところでしてくれよ…、と思ったのは言うまでも無い。

そうこうしているうちに約束の一時間が経った。
なんと律儀に時間を守る辺りが自分らしいなと笑ってしまった。
揺すったり、声をかけたりしてやっとの思いでクリスを起こしたがまだ眠たそうにしていた。
クリスは外に出て、顔を洗ったり、チャイを飲んだりしてなんとか目を覚まそうと
努力しているように見えたので、これは一時間待った甲斐があったなと思った。

車内でそんな事を考えているとクリスがいないことに気がついた。
あれ、どこに行ったのかなと思っていると、草むらからクリスがひょこっと顔を出した。
用でも足していたのかと思った矢先、クリスの異変に気がついた。


完全にキマッテルwww
そう、何を隠そうクリスは草むらに隠れてクリスならぬクスリをやっていたのだ。
勘弁してくれよ…。もうこりごりだった。

クリスはギラギラした目で車に近づいてくる。
また恐怖が襲ってきた。しかしおれは腹をくくった。もうどうにでもなれ、と。

そしてクリスは車のドアに手をかけ、開けた。


「ヒャッッハァーーー!!!」



ここは世紀末。そう世紀末なのだ。
めげそうになりながらもこちらは腹をくくっている。




「ヒィヤッッッッッハァーーー!!!アプバッッッ!!!」



負けじと自分も叫ぶ。逆に面白くなってきた。

そこからのドライブ中のクリスはノリノリだった。
爆音でインディアンミュージックをかけ、体を前後に揺らし、大声で歌っていた。
しまいにはイヤホンを取りだして音楽を独り占めしだした。
クスリをやったクリスはこうも違うのかと思えるほど別人だったのが印象に残っている。

もうどうでもよくなっていたが、起きていた。
というか小学校一年生以来一度も吐いていないのだが、吐き気が凄まじかった。
なんとかそれにも耐え、気がつくと外が明るくなっていた。
もう朝になっていたのだ。時計を見ると5時を少し過ぎていた。

そしてなんとか無事アグラに到着して、クリスとの別れの時間がやってきた。
こんなにスリル溢れるドライブを体験させてくれたクリスとの別れが寂しくないと言えば
嘘になるかもしれないが、ここまで本当に辛く長かった空間からやっと解放されることの方が
うれしかったのでクリスなどどうでもよかった。

当然のようにチップを求められたが、先にバックパックを背負っていた自分は、
颯爽とその手を振りほどいて街に繰り出した。

やっと自由になれた。ただそれがうれしかった。


そういえばホテルのオプションなど付いていなかったが、そんなことはどうでもいい。
生きているのだから。それだけでよかった。

決してきれいとは言えないインドの朝日を見て思った。


明けない夜は無い、と…。



完。