【其の2 : 変わらぬ社会・・・・・。成果主義】
※昨日の続き
ところが約80年後に不測の事態が起こります。
1274年と1281年の2回の元寇です。
鎌倉武士の奮戦と“神風”が重なって何とか撃退できましたが,
自衛のための戦いなので御恩の原資を生みません。
幕府は,戦いに参加して活躍したり犠牲を払ったりした御家人に
報いることができませんでした。
御恩と奉公の成果主義が破綻したのです。
その結果,幕府の信頼は大きく低下しました。
「頼むに足らん」といったところでしょうか。
そして幕府の衰退が始まり,1333年の滅亡につながっていきます。
鎌倉幕府の滅亡の要因はいろいろありますが,元寇の際の成果に
報いられなかったことは,最大の要因の一つとされています。
鎌倉武士は,成果のタダ取りを許さなかったのです。
以上。
※日系ものづくりからの引用。
※明日29日のBlogは、お休みします。
また、30日にUPする(予定)・・・・・・・・。
哲也