別れた旦那は『半分こ屋』という仕事をしている。
私と結婚していた頃は一流の商社に勤めていたが、別れてからその新しい仕事を始めたのだ。
依頼を受けて、半分にする。
それが彼の仕事のすべてらしい。
そんな仕事を始めたと聞いたときは、正直言って「別れたのは正解だった」と感じたし、「手遅れにならず、よかった」とも思った。
聞けば、彼は海の家へ行ってスイカを半分にしたり、どこかのオフィスへ行って仕事を半分にしたり、時には電車の中で座席の境界線を決めたりしているという。
いったいどうしてそんなことを人に頼んだりするのか、私にはまったく理解できないが、実際に依頼をする人がいるらしいのだ。
そんなふうに彼が『半分こ屋』をやって半年が経とうとしていた頃、私は友人からある打ち明け話を聞かされた。
「じつは、私もあなたの元のご主人に仕事を依頼したことがあるの……」
彼女は「とても大切な話なのよ」と言わんばかりに、神妙な調子で話を始めた。
「へぇ〜、いったい何を半分にして貰ったの?」私は軽い気持ちできいた。
「わたしはまず彼にどんなことでも半分にしてもらえるのかを尋ねたの。そうしたら、彼はどんなものでも大丈夫だと答えたわ」
私は、彼女の妙にもったいつける話し方に少し苛立ちを覚えた。
「それで、何をお願いしたの?」
「何て言うんだろう…… わたしが彼にお願いしたのは、夜とか、朝を半分にしてもらうってことだったの」
「夜とか、朝?」
「そう。たとえば不安でしょうがない夜とか、何の予定も入っていない休みの日の朝とか、とにかく、そういう一人ではどうしようもない時間を半分にして欲しいってお願いしたのよ」
彼女は私の反応を伺うように話を切り、私はただ黙っていた。
「そしたら彼は快く引き受けてくれたの。彼は、わたし一人では抱えきれなかった夜とか、朝を半分にしてくれたの。といって、彼との間になにがあったっていうわけではないの。それは本当。ただ、話を聞いて貰ったり、少しだけお酒を飲んだり、音楽を聴いたり……
でも、それだけで夜や朝は確実に半分になったのよ」
結局、彼女が何を言いたいのか、私にはよくわからなかった。
ただ彼女は「それをどうしても、あなたに伝えておかなければならないと思った」とも言っていた。
いったいどういう理由で「私に伝えておかなければならない……」と思ったのか、そんなことは私にはわからない。
ただ彼が、そんなふうに彼女の時間を半分にしたという事実は、なんとなく、私に不快な違和感を抱かせた。
少なくとも私が知っている彼は、そんなふうに他人との時間を分け合って過ごすようなタイプではなかった。結婚していた当時、彼には、常に彼だけの時間が流れ、私の入り込む余地などなかったし、私の時間を半分にして、その一方を背負ってくれるようなこともなかった。
そんな彼が、彼女が一人で抱えきれない夜とか、朝を、半分にしてくれたと言う。
きっと、彼にしてみれば、『半分こ屋』の仕事をきちんとやり遂げただけなのだろう。もともと仕事人間である彼を思えば、むしろ彼らしい仕事ぶりといえる。まさに彼らしいプロ意識ではないか………
でもその夜、私は無意識のうちに彼と過ごした日々について思い返してしまっていた。
私が抱えきれない夜とか、朝を、彼が半分にしてくれた記憶が、心のどこかに埋もれているのではないだろうか………
それを私が見落としているだけなのではないだろうか………
しかし、どんなに思い返してみても、彼が彼女にしたような“半分の時間”を思い出すことはできなかった。
思い出せない自分も、思い出そうとする自分も、どちらもみじめだった。
彼と別れたのは間違いではなかったという気持ちに、今も変わりはない。
でも同時に、このまま一人で夜を過ごすのと、今すぐ彼に電話をして「この時間を半分にして欲しい」と告げるのは、どちらがみじめだろう……
今日のような夜が、もし半分になるのなら……
つい、私は考えてしまう。
