里見城郭群シリーズ~宮本城跡探訪
11月の富浦ウォッチングは「里見城郭群シリーズ~宮本城跡探訪」である。
常連の「遊子の会」のメンバーがソウルの旅で不在の為、私はこれに一人で参加した。
仲尾沢~宮本城址~大津の里の探訪コースは、前日の雨ですべりやすかったが、私は終始チーフガイドの
生稲さんに密着してその軽妙洒脱な話を聞きながら、自然観察を兼ねた山城跡のハイキングを十分に満喫する
ことが出来た。
11月12日(土)のことであるが、写真と共に探訪コースを振り返ってみよう。
富浦元気倶楽部を出発。宮本配水場でマイクロバスから降り仲尾沢集落に入る。
仲尾沢集落 : 7~8軒しかない 左奥は宮本配水場の貯水タンク 手前の柵は猪対策用だと言う
庚申塔のある小高い広場に寄り道して庚申信仰の話を聞く。そこには籠りをした後のゴミが散乱していた。
広場を下る際、早速スッテンコロリンとすべる人あり。
庚申塔
宮本城址への道は狭く一列縦隊で歩くことが多い。途中一人しか通れない土橋跡や猪の水浴び場に出くわす。
宮本城址への道 : 猪の水浴び場の説明を聞く参加者
猪の水浴び場
二つの頂を垣間見るが、一つはのろし台でもう一つが宮本城址だと言う。分岐点でキクラゲを観察する。
のろし台への道 : 木漏れ日が美しい
少しして今度は滝田城への道の境に着く。両者は背中合わせの城で滝田は東の守り宮本は西の守り、と言う。
また、そこで堀切り跡と言われる場所をのぞくが、生稲さんは疑問だと言う。
ガイドの生稲さん : 地元なので不便税や少し顔が売れて有名税を払っていると笑わせる。
後方は滝田城への道
それから、隠し田や曲輪跡に出くわした後、生稲さんらが発見したという宮本城跡のホルトノキにたどり着く。
それは樹齢300年余りとのことで貫禄十分である。
ホルトとはポルトガルのことで戦国時代に我が国に入って来た暖地性の樹木。安房はこの木の北限。
大島ツムギは主としてこの木の樹皮で染めるとのこと。
ホルトノキ
山頂の広場に到着する。宮本城址である。今は単なる広場だが、戦時中は兵舎があったと言う。
宮本城址立て看板の抜粋。
① 里見氏の二代目成義が稲村城の支城として築いたものである。
② 初代の城主は成義の三男 実堯
③ 天文二年(1533)に起きた里見一族の内紛で当主の義豊が敗死すると稲村城と共に廃城となったと伝えら ているが、当時の文献から義豊を滅ぼした義堯が居城したことが明らかになり、さらに後年まで使用されていたと言える。
皆で眺望を楽しんでいる足下にマムシが出現!!地元からの参加と思われる人が頭を踏みつけてあっという間に皮をはいだ。生稲さんによれば、マムシは昔は結核を患った人の滋養強壮剤としてよく売れたと言う。
マムシに遭遇
下山道に入り間もなく、私はスッテンコロリンと尻餅をつきズボンには泥がベッタリ。
気を取り直して進むと真っ白なブラシの形をしたサラシナショウマに出くわす。
道端にツワブキの花を見、枇杷の畑を過ぎ大津の里に出る。
そして、道の駅大津の里花倶楽部からマイクロバスに乗り富浦元気倶楽部に戻ったのである。
大津の里 : ザ・里山と言った風情あり









