盛大な独り言。

盛大な独り言。

思うこと、仕事用の備忘録などをテキトーに書いていこうかと。

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恐らく今分岐点に立っている。
正確には、数年後に分岐点だったなと思うであろう時期の真っ只中にいる………気がする。

不安でもなく、焦りでもない。
ただ、動かなければという漠然とした思い。
このままここに居続けたくないという概念的な思い。

ここで更なる高みを目指すか。
次のステージへと旅立つか。
家族の元で恩返しをするか。
新たな選択肢を模索するか。

次はどんな道を選ぶんだろう。
僕はイチ制作マンでしかない。「ビジネス」という観点では素人(勉強中!)。

「雇用規制緩和」というものが、どのような結果をもたらすかということについては、

考えたこともないし、考えたところでよく分からない。

その「雇用規制緩和」に端を発して、ホリエモンがtwitterで怒っていた。



最近の報道などにも思うのだが、部分的にしか物事を捉えられない人が増えている様に思う。

1~10あって初めて成り立つはずなのに、「2だけ」とか「3~6だけ」を見て(聞いて)、

さも全体を把握したかの様に得意顔で意見をする。

全体の流れをしっかりと理解した上で、意見するべきじゃないのか?



ただ、出し手側は、いつでも「1~10」全てを話すだろうか?

ホリエモンという人の頭の良さは異次元だと思う。

彼の考えを本当の意味で理解できる人間が、今の時代に果たしているのだろうか。

彼は、自身と他者の「差」を理解した上で、彼の次元の「言葉」で、「理解」で話している。
(もしかすると少しはレベルを下げているかもしれないが。)

だとすれば、受け手側が彼の本意を咀嚼する必要はないだろうか?



僕の友達に、頭の回転が速すぎて、考えることに使える脳内の領域が広すぎて、

どこまでもネズミ算式に増えていく途方もない選択肢を吟味できる頭の持ち主がいる。

その友達は、考慮する必要がない選択肢までも吟味するため、フリーズしてしまう。



何が言いたいかというと、そんな人間が存在するということ。

だとすれば、受け手側は「その人が何を言いたいのか」「その人が話している本質は何なのか」を、

“推し量る”必要がある。

もちろん出し手側も、受け手側の理解力を“推し量る”必要がある。

けれど、能力の高い側が低い側に合わせ続けることは絶対に良くない。

低い側が成長すべきだ。そうしないと差が広がる一方だから。


そんなことを思った日曜日でした。
悲しみの後にすぐ、違う場所から憤りのきっかけを投げ込まれた。

何故想いが届かないのだろう。

どうして言葉が響かないのだろう。

少なくとも自分は「死に物狂い」を貫き通してきた。

色々なモノを犠牲にしたかもしれないけど、

そうすることでしか手に入らないモノを得ることができた。

それでもまだ覚悟が足りなかったと思うことが多い。

自分の無力、無知、弱さ、甘さ、意識の低さ。

そんなことを全部ひっくるめたネガティヴな部分から目を逸らして何が生まれる?

ネガティヴな部分を他人のせいにして何が生まれる?

そんな奴らをやさしく受け入れるフリをすることが正義か?

そんな奴らを許容しないことは悪か?

去ることを惜しまれる人が居れば、残ることを煙たがれる人もいる。

自分自身のこと以外で悩むのはホントに疲れる…。
「辞めたい」と意思表示されることは悲しいなー。

何が原因だったんだろうか…。

顧みてみれば傲慢だったかもしれない。

想いを汲み取れてなかったかもしれない。

省みなければ。
めんどくさいねー。
生きるってのは。

逆らわず、抗わず、流されていこう。

嫌いなことには目も向けず。
好きなことにはどっぷり浸かろう。