創造、数、◯十の話
をするにおいて再度納得したことがありました。
それは、目に見えない導く存在の思い、念、エネルギーを表すには
物質であるこの世界の自然や
伝え易い人間、人が必要で
私達の霊、エネルギーもまた、この世界で 表すならば エネルギーを通す媒体となる肉体が必要だということ。
〜にとっての◯が私達であり
私達にとっての◯は体
それは、文字をインターネットに表すという
行動という話ではなく
私達の身体を通してエネルギーが具現化する話
体がエネルギー発電機、あるい映写機、増幅器みたいなものと受け止めて頂けたら分かりやすいかと思います 。
声や歌も体を通し響かせますよね。
そして
エネルギー具現化の調和のカタチが◯ゝであり◯十なのです。
詳細は後にしますが
それは、例のあの話さえも本当は無に帰する位の作用がある現世界のトリック解除や本来の姿への示しでもありました。
けれども 私達の中に
無関心な思いや、散漫する意志根底との繋がりの希薄さがあるからこそ
目覚めや磨きという促しが再三あったことを抱きます。
この一連の内容は
大きなテーマに沿っており
次はその為に意味があり体験させたと感じる
福島第一原発の体験 を出させて頂きたいと思います。
続)