祖母の言葉
昨年、100歳で亡くなった実家の祖母。
耳が遠くなる2.3年前までは、たまに電話でおしゃべりしてました。
いつも実家に帰ると、私ももういい歳なのに、お小遣いをくれる祖母。
その時も電話で
『お金はあるか?』と聞いてきます。
『なんとかやってるよ^ ^』と答える私。
『まあ、そうだな。
"いつまでもあると思うな親と金"だな』
なんて事を言います。
『寂しい事、言わないでよ(笑)』と私が答えると、『ないと思うな、運と災難』と祖母が続けました。
続きのフレーズは、聞いた事がなかった私は
少しの衝撃と共に『何、それ?』と聞き返しました。
『いつまでもあると思うな親と金。
ないと思うな、運と災難』
祖母はもう一度言うのでした。
最後のフレーズに(災難は嫌だけど)、少しの希望みたいなものを感じたのです。
祖母が亡くなって、やたら、その言葉を思い出す時があります。
"ないと思うな、運と災難"
生活の中で、ちょっとした災難が続いても、お金やなんかで困った時は、本当に運良く助けられる事がしばしばありました。
ですから、これを読んで下さる皆さんも、日々、些細な災難に遭う事があると思います。
でも、"ないと思うな、運と災難"です。
きっと、いい事もやってきます❗️
今日は、なぜか、それを伝えたかったです。
親の愛
小学1年生の頃だったでしょうか。
クラスの友達で、お弁当に毎日キウイフルーツが入っている子がいて、いつも美味しそうに食べていました🥝。
当時、キウイフルーツはまだ珍しく、小1の私は「いいなぁ。美味しそうだなぁ」と羨ましく見ていたものでした。
家でも「キウイフルーツいいなぁ。キウイフルーツ食べたいなぁ」と言っていました。
そしたら、ある日、父がキウイの苗なのか種なのか忘れましたが買ってきたのです。
「キウイの木を植えるぞ!」
と言われて、私と妹は大喜び❗️
じゃあ、お弁当に持って行けると大はしゃぎ🎵
「いつ出来るの⁉️」と聞いたら
「そうだなぁ。7年くらいかかるかなぁ?」
と言われ、妹と2人「😑」となったのを覚えてます。
まあ、雪国に植える訳ですから、仕方ないのかも知れませんが、「違う!今食べたいのよ」と心の中で思いました。
それから、もうキウイの事なんてどうでもよくなった高校生くらいの時、やっと食べられるくらいのキウイの実が出来ました。
あれから数十年…
今でも冬になると、沢山のキウイフルーツが我が家に届きます🥝
キウイの木も年を取ったのか、実も年々小さくなってきました。
それでも毎年送られて来るキウイを見て、親の愛とは、有難いものだなぁと思うのでした。
山本印店③
それから和やかに少し話し、子供の事で、少し悩みがあると伝えたが、
"あんた達2人の子だろ?
じゃあ大丈夫。問題ない"
と言われ、心強かった。
"ご主人、いま、何歳?"
とおもむろに聞く店主。
◯才ですと主人が答えると、持って行った主人の実印をマジマジと見て、
"いい印鑑だねぇ。
いいかい?ここに切れ目があるだろ?"
と主人の実印を見せてくれた。
以前から不思議に思っていたのだが、主人の実印は、名字の上の字と下の字の石の色が違う。上は黒っぽく下は明るい感じなのだ。
店主はちょうど境目のところを指差し、"今までの◯年間とこれからのご主人の人生は、変わって行くと思うよ"と言った。
"それは良い方にですか?"
と尋ねる私に
"良い方に変わって行くと思っていいだろうね"と答える店主。
"本来なら、あんた達夫婦はここに来る必要はなかったんだよ。でもそれを確認させるため、わざわざご先祖はここに呼んだんだね"
と言われた。
そして
"印鑑、作りますか?"
と聞かれた。
欠けているものもあるし、"2人分、作っていただけますか?"と尋ねると"いいですよ"と答えてくれた。
終始和やかに鑑定は終わり、私達は帰りの途に着いた。
今回の鑑定で気付いたことあり。
それは、店主にはんこを作って貰うから運が上がるのではなく、自分たちが変わるタイミングが来た時に、こちらのはんこ屋さんに導かれるように縁が繋がるんだなぁってこと。
店主の廃盤になっている本にも書かれていたが、より実感した感じ。
それでなきゃ、前日の朝にふと閃いて、翌日には、もう印鑑を作って貰う事になるという神業はなかなか人間のチカラだけでは無理だろう。
タイミングと、日頃からお世話になっているご先祖様と、不思議な縁のおかげ。
世田谷にある山本印店は、うわさ通りの不思議なはんこ屋さんなのでした。
