6回もオシッコに行きました。
副作用に利尿作用はない。
と医師からは聞きました。

子供達の怪我以外に
自分のこととなると
医師になかなか尋ねることが出来なかった

いつからか
死にたくない
と思うようになったから

47歳にもなって
いつ血栓か飛ぶかわからない右足の浮腫みと

毎日毎日ストッキングを履いて
浮腫みとの付き合いをするようになり

死ぬんだなぁ と
どこかでわかるようになってから

活きたい

いつ死ぬかは分からないけど
何も感じず
眠りについて

遺された家族との
せっかくの生命による出逢いを
もう少し
もう少し
同じ時空でいたい

と真剣に思うようになった



自分が働かなきゃならないんだけれど

一生懸命働いて
お金を渡さなきゃならないけれど

それより
なんでもTTPして
自分が家族のために
動きたい
見てやりたい
伝えたい

あと何年とか
宇宙の時空に
量的な基準は無意味で

今を
今をしいちゃんや
子供達と
活きたい

出会ったしいちゃんと
出会うまでの時間は取り戻せないけど

だからこそ
それ以上の時間軸を見ても
一緒に過ごしたい

もしかしたら
血の繋がりも関係なくて
妻や子供とかも関係なくて
そんなものは
人間の
ちっちゃなグループ分けで

家族という集合体に
過度に価値を見出しているのかもしれないが

逆に小さな基準かもしれないが

この家族の縁だけは
共に活きたい想いが強い

活きたい
活きたい
逃げたい無意識に
騙されたらあかん

必ず表裏かあり

右が曲がれなきゃ
左に曲がってみたらいい
上がダメなら下でもいい
登れないなら
降りてみたらいい

極端を知ったら
中庸がいい

でも極端をやらないと
中庸は分からない

でもね
オギャーって産まれてきてくれた
子供を見たときに
生命の誕生を感じたら
何があっても
活かしてやりたいし

何とか少しでも自分も生きていたい
と寝顔の子供を見たら
おもうようになった


死中活

大空をみて
大地をみて
大海原をみて
鳥の囀りを
風の音を
太陽の恵みを

生きるための原点は
十分揃っている

生きてたら
いい
大丈夫

適当にTTPしているだけでも
以外に
面白かったりする

子育てにしろ
仕事するにしろ
何をするにしろ

知らないよりは
知っておいたらいい話ってある

知らなくても
生きてられるけど


何をするにも勉強はいるよ
って子供達には伝えている

TTPの適当に子育て論

こんな僕だから
身体はなくなっても
子供達に伝え残す文字を
責任感もって自由に綴りたい

アメブロさんにも感謝