夕方、尚の主治医、

院内学級の先生から電話がありました。


「お母さんと離れることに対しての
不安が強い」


  
やっぱりショボーン


 
主治医に聞きました、

「なんとなく思ってたんですが、
母子分離不安のような状態ですか?」


「はい、そのような状態です」



今日で異動、来月から非常勤になる主治医に

今後の試験登校や退院後は

どうすればいいのか聞きました。


「うまく言えないんですけど、
学校には無理に行かさなくてもいいですし、
学校に行っても
お母さんはいつでも家で待ってるからね、
居なくならないから安心してね、と
伝えてあげる事…」




院内学級の先生からは、

「家から学校に行くと、
お母さんと一緒にいたい気持ちが出てきて
揺れるらしいです。
泣いて話してくれて、本心だと思います」



昨日の朝「気持ちが揺れる」と

泣いてたショボーン
 
学校に行くのが怖いんや、と

思ってたけど、

理由は私なんや、と納得した。
 


それと同時に、

家と病棟との違いは、

ここやったんや、とスッキリもしました。

琢と同じ二次障害を疑ってて、

不安でした。




またもや

ゼロからのスタートです。

抱っこから子育て始めますらぶ②

これ↑多いんですよね、私。。(え!?)


抱っこから始めるから

あかんのかな。
 

妊娠中から始めますショボーン



主治医に言われました、
 

「全部お兄ちゃんのせいにして
悪いんですけど、
昨年からのお兄ちゃんの事があって、
お母さんを取られた感じで
お母さんに甘えられなかったのが大きい」



昨年からの琢のせいじゃなくて、

もっと前からの私のせいですショボーン
 


仕事するのが子供の為やと

勘違いしてた時期がありました。


保育所の参観や発表会は土曜日の午前中。

それが終われば

親と一緒に帰る子が多い中で

泣いてる尚を

無理矢理私から離して先生に預けて

仕事に行く。


日曜日の朝5時半から昼まで仕事に行く。

尚は泣いて追いかけてきた。

幼い尚を無理矢理玄関に押し込んで、

ダッシュで仕事に行った。

思い出しただけで最低。後悔。



琢ばっかり気にかけて、

琢の見張りばっかりして、琢ばっかり声かけ。


尚は?

その間にできるから放置。

私に甘えたい時期に甘えられなかった。

必要な時期に

必要な親子関係が築けなかった。




例えば、

プリンやヨーグルトの蓋。

私は迷わず先に琢のぶんを開ける。

尚は自分の両手で持って、口で開けるから。

↑例えばが 分かりづらーーw



尚だって、開けてほしかったハズ。

この頃の私は、

二人目はなんでもできる。

そう思ってました。

そう思うようにしてました。



幼い頃から自立させようとしてました。

琢だけで精一杯やのに、

尚に手がかかると困る、

自立してくれないと私が困る。

心の底でそう思ってました。



琢と比べたら、できる。

琢と比べたら、言ってることが理解できる。

琢と比べたら、勉強できる。

琢と比べたら、問題ない。

尚の成長の基準は、いつも琢でした。



尚はできる子。

できるから褒めるワケじゃなく

もっとできるやろ?と求めました。



今でも最低なのが、

尚には見えてる、

私と琢との親子関係。
 

そこを羨ましいと思っているのを

ずっと前から私は知っているのに

何もしなかった。

できない、と逃げていた。

尚とはこういう関係、と逃げてました。


私と琢が、

冗談でお互いをディスったりするのを見て

「お母さんとお兄ちゃん、いつも面白い」

そう言いながら

自分もしてみたい、って

憧れてるのを知っていました。



後悔しても遅いけど、

いつかこうして後悔しないといけないのは

入院した時から思ってました。


全部私の責任。

だから必ず尚が安心できる母子関係を、

親子関係を築きます。


後悔してからじゃないと

前には進めないので

とことん後悔して自分を責めて、

少しずつ母親をやり直していきますニコちゃん


懺悔ブログでしたガクリ