今日は1週間ぶりの診察に行ってきました。
今朝は首の違和感、痛みはほとんど無くなっていましたが、依然として体勢を変えたときの頭痛がひどく、その痛みに耐えるだけで、すごく疲れてしまうような状態でした。
息子を送り出し、少しだけ横になり(横になると、また立ち上がるときにあの痛みが起こるので、嫌だったのですが、あまりに疲労感が強く)しばらくしてから、出かける準備をして、病院へ向かいました。
待ち合いでは、1週間前よりは、頭を起こして座っているのが苦ではなかったけれど、頭の鈍痛と、眠気で、目を閉じたまま、項垂れたり起きたりを繰り返していました。
診察室へ呼ばれ、現在の状態を話すと、先生は「痛みが移動してる感じですね。その頭痛は、首や肩の凝りから来ているかも知れませんね。髄液が漏れている、と聞くと、どうしても動かしてはいけない、と思ってじっとしてしまうけれど、そろそろゆっくりストレッチをしたり、少しずつ動いていくほうがいいですね。また1週間後に診察に来てください。それで、症状が良くなっていれば、治療は終わりで良いと思います。」
との事でした。
わたし自身も、発症から続いていた、あの首の痛みと違和感が無くなった辺りから、自然治癒したのかもという、根拠のない実感はあったので、よし!今日からは少しずつ元の生活に戻していくぞ! と、少し気持ちも明るくなり、やる気も沸いてきました。
スーパーに寄ってから帰宅し、早速お風呂へ入ろう!と思い準備をしました。
入浴は問題なく、逆に温めたほうが良いとの事だったので、
昼間から贅沢だな~と思いつつ、経口補水液を片手に湯船に浸かると、とっても気持ちが良かった。
息子が産まれてこの方、一人でゆっくり湯船に浸かることはほとんどなかったし、他にストレス解消法といっても、甘いものを食べたり、たまにお買い物をするくらい。それも、どこかで罪悪感を感じながら。 しかも最近「太った」等と言われて、お菓子も控えめにしていたので、かなりストレスがたまっていたのかも知れない。
どちらかというと、ストレスをストレスと感じず、気が付けば身体を壊し、壊しても、早く治して頑張らねば!と無理をして、という生活が続いていたので、今回こんなに長期に自宅療養して、不安でたまらなかったが、「ちょっと休みなさい」というお告げなのかな、という気もしてくる。
昔から生真面目で、この性格はそう簡単には変えられないのかも知れないけれど、今回の経験で、もうちょっと、適当でいいやん。と肩の力を抜いて生きることの大切さを実感した。
息子にも、わたしみたいじゃなくて、もっと自由に、柔軟に、楽に生きて、人生を楽しんで欲しい。
今朝は首の違和感、痛みはほとんど無くなっていましたが、依然として体勢を変えたときの頭痛がひどく、その痛みに耐えるだけで、すごく疲れてしまうような状態でした。
息子を送り出し、少しだけ横になり(横になると、また立ち上がるときにあの痛みが起こるので、嫌だったのですが、あまりに疲労感が強く)しばらくしてから、出かける準備をして、病院へ向かいました。
待ち合いでは、1週間前よりは、頭を起こして座っているのが苦ではなかったけれど、頭の鈍痛と、眠気で、目を閉じたまま、項垂れたり起きたりを繰り返していました。
診察室へ呼ばれ、現在の状態を話すと、先生は「痛みが移動してる感じですね。その頭痛は、首や肩の凝りから来ているかも知れませんね。髄液が漏れている、と聞くと、どうしても動かしてはいけない、と思ってじっとしてしまうけれど、そろそろゆっくりストレッチをしたり、少しずつ動いていくほうがいいですね。また1週間後に診察に来てください。それで、症状が良くなっていれば、治療は終わりで良いと思います。」
との事でした。
わたし自身も、発症から続いていた、あの首の痛みと違和感が無くなった辺りから、自然治癒したのかもという、根拠のない実感はあったので、よし!今日からは少しずつ元の生活に戻していくぞ! と、少し気持ちも明るくなり、やる気も沸いてきました。
スーパーに寄ってから帰宅し、早速お風呂へ入ろう!と思い準備をしました。
入浴は問題なく、逆に温めたほうが良いとの事だったので、
昼間から贅沢だな~と思いつつ、経口補水液を片手に湯船に浸かると、とっても気持ちが良かった。
息子が産まれてこの方、一人でゆっくり湯船に浸かることはほとんどなかったし、他にストレス解消法といっても、甘いものを食べたり、たまにお買い物をするくらい。それも、どこかで罪悪感を感じながら。 しかも最近「太った」等と言われて、お菓子も控えめにしていたので、かなりストレスがたまっていたのかも知れない。
どちらかというと、ストレスをストレスと感じず、気が付けば身体を壊し、壊しても、早く治して頑張らねば!と無理をして、という生活が続いていたので、今回こんなに長期に自宅療養して、不安でたまらなかったが、「ちょっと休みなさい」というお告げなのかな、という気もしてくる。
昔から生真面目で、この性格はそう簡単には変えられないのかも知れないけれど、今回の経験で、もうちょっと、適当でいいやん。と肩の力を抜いて生きることの大切さを実感した。
息子にも、わたしみたいじゃなくて、もっと自由に、柔軟に、楽に生きて、人生を楽しんで欲しい。