2008 03 23(日)

春うらら、季節もやっと暖かくなってきました。
思い立ったが吉日!とばかりに、嫌がる妻を道連れて、エセ同行二人で秩父霊場巡りに旅立ちました。

環境問題を考慮すれば最寄の駅まで電車で行き、そこから徒歩か自転車で霊場巡りをすれば良いのでしょうが、楽が一番とを走らせて・・・。

秩父霊場一番寺への田舎道は秩父鉄道駅からの参詣人で数珠つなぎ状態!

車の通行はほとんどどありませんが、道はだんだん狭くなり歩いている人達に遠慮しながら一番霊場寺を目指します。

秩父観音霊場34ヶ寺の一番札所は秩父市栃谷418に位置する誦経山四萬部寺。(ずきょうざん しまぶじ。通称・妙音寺) 宗派は曹洞宗で開山は行基菩薩です。
四萬部寺の名は性空上人の弟子・幻通が寛弘4年3月13日に霊馬のお告げで4萬部の経典を読誦し、経塚を築いたことに由来します。
 
流石に一番札所(発願寺)の観音霊場です、参詣人で境内は足の踏み場もないほどの混雑。
場所柄ほとんどがジジババ! 老人の憩いの場ってか!

ともかく、人を掻き分けて四萬部寺本堂へ・・。正面が本堂の観音堂です。
唐破風の向拝を付けた入母屋造りの観音堂は元禄10年(1697年)に建築されました。

本堂の前には「願い柱」が建てられ、願柱から紅白の紐が本堂内部に繋がっています。
 
祈願紐を辿ってみると、ヒモの先には観音様御本尊(聖観世音菩薩)が・・・。
祈願紐を通して参詣人の煩悩願い事を全て聞き届けて下さるそうです。
お参り出来ない方はこの写真に祈願しては如何でしょうか・・・功徳がありますよ。

今年は子年ですので秩父34ヶ霊場の御本尊は厨子を開いて、普段見られない秘仏が全て御開帳(総開帳)になっています。
因みに、十二支の年のうち子年午年の両年だけが総御開帳(観音霊場100ヶ寺)されるのです。
子年の総開帳は中間年の開帳ですから、中開帳(なかがいちょう)とも呼ばれています。(本尊様開帳期間は18日~18日まで。)

四萬部寺本堂の上欄間には精緻な彫刻が施されています。
古いので色褪せていますが、彫りは深く透かし彫りになっていました。
 
彫刻で文盲の人にも理解出来るようにした「極楽と地獄の図」。(必見です。)
さて、貴方の死後の世界はどちらでしょうか・・・?

誦経山四萬部寺の境内を散策しながらシャッターを切りました。人の少なくなった時を狙っての撮影です。
 
カメラマンも多いので撮影ポイントを譲り合いながら・・・。
功徳石の上部の車輪は御百度石、クルクル廻して又本堂に祈願です。

四萬部寺本堂の右手に「施食殿」(せじきでん)。八角輪蔵を納めた経堂で側面には経文がビッシリと・・・。
施食殿では8月24日(午前11時・午後2時)に470年余の伝統を誇る関東一の大施餓鬼会(日本三大施餓鬼会の一つ)が荘厳に執り行われます。
 
施食殿」から俯瞰した本堂前です。 本堂へお参りする人々、更には観音経を熱心に唱和する敬虔な観音講の方々。 意外に巡礼衣装姿の人は少なかったです。

四萬部寺の名付け親の幻通を讃える奉納絵馬( 幻通比丘 「寛弘四年三月十三日 播磨国円教寺の性空上人の弟子幻通が霊馬のお告げで四万部に経典を読誦して、供養し寺号を四万部寺といへり」)が観音堂側面に飾られていました。
 
境内のど真ん中に大きな塚がありましたが、これが幻通経塚でしょうか?

四萬部寺の納経所には長蛇の列!! 朱印を押して貰うだけで小一時間待ち!
一番霊場の寺って物凄い収入だろうって下賎な勘ぐりは無しですよ。
なにしろ、昔から坊主丸儲けって云いますから・・・。
 
巡礼装束納経帳を購入しようとしましたが、時間が無くて残念!
代わりに可愛い巡礼娘が筆者の代わりと思って下さい・・・ね。

御詠歌 「ありがたや 一巻ならぬ 法の華、数は四萬部の 寺のいにしえ。」

室町時代の長享2年(1488年)の札所番付では一番札所は現在十七番の実正山定林寺で、江戸時代になって江戸から秩父に入るのに近く便利だった当時二十四番札所の四萬部寺が一番札所となった由。時代で順番も代わるのですね・・・。

ここ発願寺一番札所四萬部寺を起点として、三十四番結願寺水潜寺までの34ヶ霊場一巡りは約100Kmの行程があります。
キャンディーズ春一番を歌いながら、第二番霊場の大棚山真福寺へ向かいました。

次回は二番札所の真福寺です。

2008 03 28(金)記。    前橋市 後   最高気温17℃

こちらの貧乏寺にはナニを願うのでしょうか。 男?お金?・・・それともH?

この寺は乳撫霊場69番札所かも・・・。 (別名 乳撫令嬢。)