関東の桜も山間地を除くと見頃が終わりになったよ。
少し遠いけど、桜並木での「大河津・分水おいらん道中」が開催されるって聞いたんで行ってみたんだ。
場所はブランド米コシヒカリの産地・新潟県だ。
以前は西蒲原郡分水町だったけど、今じゃ食器やゴルフクラブの生産地で名高い燕市の一部になったらしい。
分水町って聞きなれない名前だから調べてみたよ。
この”分水”は新潟を流れる信濃川の水を人工の水路を造って本来の河川と放水路とに分ける事だって。
信濃川の洪水・氾濫から越後平野の被害を無くそうとして、日本海への最短距離のこの地では江戸時代から分水(放水路)の計画があったそうだ。
1869年(明治2)に本格的な分水路工事が大河津(おおこうづ)地区で人力による手掘りで着工開始、 巨大工事の困難さのために、いく度かの挫折・中止。
大正に入って掘削土木機械が導入されて本格的な工事になる。
1922年(大正11)大河津から寺泊までの約10Kmの信濃川放水路の完成、通水量5500トン(毎秒) 「東洋のパナマ運河」と呼ばれた大治水工事、分水路の堰の上下では3mの水位差があるので、船が通行できる閘門式運河も備えていた。

1931年(昭和6年)可動堰が出来、現在の毎秒11000トンを放水できる分水堰となったそうだ。
写真の上の太い河川が大河津分水路(放水路)で右下に流れる細い川が昔からの信濃川本流だね。
この大河津の分水路堤防に明治44年桜樹が植られて、今では3000本の染井吉野の桜並木で「日本さくら百選」の一つに数えられている桜の名所だって。

新潟の田舎町でなんで”おいらん道中”なのかな~って?
そしたら、大正13年の桜祭り仮装大会の「おいらん姿」が昭和初期に「分水・おいらん道中」行列に発展し、現在まで続くようになったんだ。
次回は華やかな「おいらん道中」を掲載しますね。
2006 04 18(火) 前橋市 晴れ・温暖