栗本先生の死を、今更になって実感しています。
ニュースで初めて知った時、ああ、そうなんだ、と感じる中で、「一つの時代が終わったんだなあ」とぼんやりと思ったのを覚えています。
私がはじめてこの腐道に足を踏み入れたのは知らずに買った一冊の同人誌で。
その頃、BLなんて便利な言葉はまだ無くて、やおいとか同人とか言っていた時代でした。
そして「炎の蜃気楼」と出会い、「富士見二丁目交響楽団」、「間の楔」とも出会い、そして栗本先生の「終わりのないラブソング」と出会いました。
あの頃、男同士のそういった小説や漫画は、「やおい」と「JUNE」になんとなく分けられていた気がします。
今、ジュネというと何処か古風で倒錯的で秘めやかなイメージが漂っている気がするのですが、最盛期だったあの頃は私の中で「限られた空間での開けた世界」でした。
申し訳ないのですが、今のBLは読んでも読んでも大抵がエロ重視かどこかで読んだようなお決まりばかりで新たな感銘を受けた記憶がここ最近とんとありません。
けれどあの頃の作品は違いました。一冊読めば読むほど世界が開けていく気がしました。
単に私自身がまだ知識や経験が足りなかっただけの話だとは思うのですが、今はもうそういう新鮮な思いはご無沙汰しています。
私が初めて「終わりのないラブソング」を読んだとき、とてもショックを受けました。
今まで読んできた作品のどれよりもリアルで、実際にすぐそこにありそうな日常感に溢れた世界でした。
ミラージュや楔は倒錯的だし、フジミはかわいらしさがあり・・・けれどラブソングには淡々と彼らの日常が綴られていました。冷酷なまでに現実的でした。
主人公がある目的のために包丁を持ち出し、揉めてそれに気付いた相手が号泣するシーンが何故か一番印象に残っています。
ああ、あんな素晴らしい作品を生み出した人が、お亡くなりになったのだなあ。なんて。
やおいとかジュネとか、そういうもの全てひっくるめてBLと呼ばれるようになり、GLやTLだのの言葉が生まれ、本屋の平台に平気でどどんと並ぶようになり。
そういうふうに、時代が流れ、新たな時代が生まれていくように、先生の死とともに何かが終わったのだと思いました。
遅ればせながらですが、改めて栗本先生のご冥福をお祈りいたします。
ありがとうございました。