※書いてる本人はけろっとしてますが、まあ、暗いかもしれません。



昨日の一人撮影会のまとめ についてちょっと補足。

私がそういう風に思えるようになったのは本当に最近の事で、それまでは若い子に良くある「世の中なんてつまんねー」思考でした。

では何故それが今のようになったのかと言うと。

まあぶっちゃけ、一度死のうと思ったからです。

一度なんてもんじゃないけれど。

元々私は出来る限り楽して得をしようとするタイプなので勉強や仕事だって熱心なわけじゃないし、頑張ったってそんなに優秀ってわけでもないしそもそも頑張ろうという向上心を殆ど持っていない、最低ラインよりちょっとマシかなくらいのデキで。

人間性自体も、幼い頃「こういう大人にだけはなりたくない」と思っていたそのままの姿になっているので余り人様に自慢できる部分も無い。

本当は「誉められるようないい子」でありたいけれど現実とのギャップのジレンマにイライラして。

そこに来て「世の中つまんねー」思考。

もうどーでもいいって感じですよね、こうなると。

中学なんて後半は殆どサボってたし、高校だって卒業さえ出来ればそれでよかったし(卒業できなくてもそれはそれでどうでも良かったし)男友達とは平気でセックスしたし排他的とか刹那的とか言うと何となくカッコよく聞こえるけど所詮は単にその場限り人生を送ってただけで。

今でも十分アホですが、そのアホな私から見ても、昔の私は輪をかけてアホでした。

で、高校卒業して暫くして、すとーんと人生の転機にぶち当たって。

病院通いする羽目になって。診察を重ねていった結果、私が昔から当たり前だと思っていたことは本当は異常な事だと自覚する羽目になって。

私が常識だと思っていた常識の殆どが世界の常識と微妙にずれていることが判って。

例えるなら、自分が青だと思っていたものが世間では緑だった、とか。近いんだけど違う、そんな感じ。

それ以来、何でもかんでもとことん調べる癖がついた。

元々好奇心旺盛なので昔から知識を得ること自体は好きだったのだけれど、今ではそこに至るまでの発祥、過程、結果、全てに至るまで、重箱の隅を突くようなことまで知ろうと思うようになった。

けれど、それは結果として自分自身を疲れさせてしまうだけだった。

もう死のうと思った。どうでもよかった。

逃げ出したい現実もあったし、毎日毎食大量の薬を飲んでまで維持する命でもないだろうと思った。

でも痛いのや苦しいのは嫌だった。

当時の妹をおいて逝くのも嫌だった。あの子だけは悲しませたくなかった。

だからあの子がいつか死んでしまったら、そうしたら私も死のう。

階段の手すりに縄を掛けて、無意識に暴れないように眠剤飲んで首つって死のう。

そう思って、それからは妹のためだけに生きていた。

何度ももう妹の事すらどうでもいいから死んでしまおうという思いと揺れ動きながらなんとか生きていた。

あの時が今のところの私の人生でのどん底だったと思う。

薬を乱用してはラリってお母んに泣かれたことも何度もあるしグダグダしては相方を泣かせたこともあった。

のだが。

私の基本姿勢は「どーでもいい」でして。

あるときを境にぺいっと全てを投げ出してしまって。

も、どーでもいいやーどーせ死ぬときは死ぬっしょ!それまでぱーっと楽しくいきゃええやんアッハッハ!

とまあ開き直ったと言えばそうなのですが。

当然現実的な問題は何一つ解決してないし、薬だってちゃんと飲んでないとまた心身共にどん底に逆戻りだって分かってるし、へらへらしてる薄皮一枚捲ればタールみたいな暗い気持ちがどろどろしてるわけですが。

でも表面だけでもへらへらしてればだんだんそれが自然になってって、自分自身すらも騙せるようになるモンなんです。

たまに我に返っちまって「何してんだ俺」とか思うときもあるけれど、そういうのは考えない。そういう考えが浮かんだら即お空の彼方に捨て去る。中身の確認はいたしません。即廃棄。

ネガティブなアホは粗大ゴミより厄介だがポジティブなアホはまだ利用価値があると私は思う。

憎まれるようなバカじゃなくて、まあいいか、と思われるようなバカでありたい。


極論を言うのなら、人生は生きるか死ぬかしかないわけですよ。

で、死ねないなら生きるしかないじゃないですか。

生きるという事は自分自身の時間が流れているという事じゃないですか。

ということは流れた時間の分だけ、感情が生まれているというわけですよ。

だったらグダグダした感情をだらだら生んでるより、ぱっぱらぱーなノー天気な感情生んでた方がいいじゃないですか。

そんで感情は溜め込むと悪いものにしかならないのでさっさと吐き出す。

その結果、口が悪いと言われる事になっても溜め込むよりはいい。私的には。


たとえば私が世間からかわいそうと言われるだけの立場にいたとして、だからと私自身が私をかわいそうだと思うのはそれは子供というか、幼稚で安易な考えだと思うのですよ。ある種の自惚れというかナルシズム。

自分で自分をかわいそうだと思ったらもうソレでお終いだと思うのですよ。もう二進も三進も行けない。

たとえ世界中の全員がお前はかわいそうなのだと言ってきたとしても「あ、そうなの?でもアタシ今たのしーからいいやー」と笑えることが私の理想なのです。


なので今の私はお薬が無いと一気に転落してしまう危うい足場に立っているのではあるのですが、それでも嘘でもへらへらしてればそのうち嘘の足場が固まってきて本当の地面になってくれるんじゃないかなーと思ってます。


全ては笑うことから。

笑顔を作ることが苦手な人は別に無理に顔に出さなくてもいいんです。

心の中で笑顔を作っておきましょう。

自分は今笑っているのだと自覚すること、それが大事なのだと思います。



んーなんかうまいこと言えねえわ。(笑)

まあ暗いバカより明るいアホの方がお得という事です。(笑)