柳生は背後から乾に声をかけるのが好きだ。
乾君、と声をかけると彼はゆっくりと、しかし決して遅くは無い速度で振り返り、そしてその先に柳生の姿を認めるとまるで、そう、使い古された表現をするのであれば、花が綻ぶように笑うのだ。
そしてその淡い色の唇が柳生、と紡ぐ。
その瞬間が、柳生は何より好きだった。
しかし相手の背後から声をかける、という状況は余り廻ってくるものでも無く。
しかも柳生と乾の生活圏は残念ながら離れており、待ち合わせにしても先に到着するのは大抵柳生の方だ。
けれど希少であればそれはそれで価値が高い気がする。
彼の所作に優劣をつけるなど愚かしい所業ではあるのだけれど。
それでも彼の後姿が振り返り自分を見つけた途端、柔らかな笑顔を浮かべるあの瞬間が何よりも愛しいと。
そう、思うのだ。