「こんなふうになってしまったぼくを、きみはもう想ってはいまいだろうね」
苦笑混じりに問い掛けたわたしをまっすぐに見詰め、いいやと首を左右に振った諸戸のほほえみをわたしは一生忘れる事はないだろう。
痩せこけても髪が老人のように真っ白になってしまっても矢張りきみは美しいよと、まぶしそうに目を細めたほほえみはわたしの心の深いところに今も残っている。
そして実の両親のもとへゆくときの彼のすがたも善く覚えている。
「すぐに戻ってくるよ、すぐに戻ってくるよ」
そして彼はそのまま見知らぬ故郷の地で帰らぬ人となってしまった。
彼の実父から届いた死亡通知に添えられた一文がどれほど鋭くわたしの心を貫き鮮やかな瑕を残したのか。
彼はわたしの名をつぶやき、わたしからの手紙を抱きしめて逝ったという。
わたしにはそのさまがありありと浮かぶ。
「箕浦くん、箕浦くん」
おそらく呼吸すらまともでない中にそれでもわたしを呼び続けていたのだろう。
それはどんな想いが込められていたのだろうか。
最期にわたしに逢いたいと願ってのことだろうか。
それともわたしとの約束を果たせないことだろうか。
もしくは自分を選んではくれなかったことへの未練だろうか。
けれどああ、わたしは酷い。わたしは酷い。
諸戸があそこで死んでしまったこと、それを結果としては善かったのではないだろうかと思ってしまっているのだ。
だってそうじゃないかしら。秀ちゃんと結婚してしあわせな家庭を築くわたしの姿を見ていることは彼にとってとてもとても苦痛を伴うことなのだから。消えぬ不倫の想いに苦しむことはなくなったのだから。
わたしは卑怯だ。卑怯なのだ。
彼の死は彼のために善かったことなのだとそう思うことで彼の気持ちから逃げようとしている。わたしの自分の気持ちからも逃げようとしている。
わたしは気付いてしまったのだ。もしわたしが女で、彼が女性不信でなかったとしたら。わたしは迷わず彼の手を取っていただろう。わたしは彼の情欲を受け止めただろう。わたしは彼の妻となっただろう。
そうだ、わたしも諸戸道雄を想っていたのだ。
けれど不倫の想いだということが、同じ性の肉体であるということが彼に触れられることを嫌悪感へと導いたのだ。
彼がわたしを組み敷いた時、抱き寄せた時、頬を寄せた時、わたしは常に彼を受け入れる存在なのだと薄ぼんやりと思っていた。このまま彼の熱い吐息に唇を吸われ、からだのすみずみをもねぶりつくされるのが当たり前のように感じることもあった。
けれどもわたしの脳はそう感じたと自覚した次の瞬間にはもう正反対の信号を発し、わたしの全身に嫌悪感を電流のように走らせるのだ。しかしそれは彼へのものではなく、わたし自身への嫌悪感だったのかもしれない。
そうしてわたしは受諾と拒絶を繰り返して彼の心をわたしのとりこにしたのだ。



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江戸川乱歩の「孤島の鬼」ですが、真面目にこういう感じの話でした。はい。

主人公とその主人公に恋する男が二人で孤島に乗り込んでどうのって話です。

後編はアメ限定で。