岐阜、「障害者」表記を「障がい者」へ

これは新聞に載っていた記事なのですが、内容はタイトルどおり、「障害」を「障がい」表記に変えるそうです。

とりあえず、喧嘩売ってんだろうか、と思った。

私は準障害者というか、手帳こそ持ってはいないものの国からの援助をして貰っている障害者に片足突っ込んでいる身ですが、「通常の生活に障害が出る者」という捉え方をしているので別に気にしたことはありません。ですが、こうしてそういう動きをするということは、お上の人たちは障害者のことを「害のある者」としてみているということなのではないでしょうか。

そこで、そういう目で見られている障害者がかわいそうだからせめて表記だけでもやんわりとした表記に変えようではないか、ということですよね。

どんだけ人を下に見た哀れみだそれは。

私は今は薬のおかげで他の人と同じ生活が出来ています。

けれど一時期は本当に辛くて、親にも友達にもたくさん迷惑をかけて、何度も死を覚悟しました。

今でも私のいつか訪れる死はきっと寿命より事故死より自殺のほうが確率が高いだろうなあと思います。

きっと耐え切れなくなった時、私は自宅の階段の手すりに紐かけて睡眠薬飲んで首吊って死ぬんだろうと今でもぼんやり思ってます。

障害を持っている人にとって何より辛いのは、障害者と呼ばれることではなく、簡単に挫けそうになる自分と戦うことだと思ってます。死を選ぶのは簡単ですが、生きることを選び、選び続けていくのはとても大変なことです。

まあ、話は反れましたが、ともかく。

余計な世話じゃヴォケ、ということでしょうか。



※これはあくまで私の意見ですのでそれ以上でもそれ以下でもなく他意も御座いません。御了承下さい。