特殊な眼鏡を掛けなくとも映像が立体的に見える立体映像機能搭載のテレビが開発されて早数十年。
発売当初は一部の金銭的余裕のある者しか手にすることの出来なかったそれも、今では一般家庭にも当たり前のように鎮座しており、珍しさのカケラも無い。
「バイトなのに残業ってありえない…」
そして今、溜息を付きながら街灯と街の光に照らされた夜道を足音荒く抜けていく少女、「御剣サチ」とて例外なくその恩恵を当たり前に受けて育ってきた身であり、これからもそれに変わりは無いだろう。
「おっと…すみません」
夜の帳が落ちて随分経つというのに犬を連れた中年男性が不意に目の前を過ぎり、サチは慌てて立ち止まった。勢い良く歩いていたくせに考え事をしていたものだから注意散漫になっていたらしい。
しかし相手の中年男性はサチを一瞥するだけで会釈を返すでも無く犬を連れて去っていく。
感じ悪い。
サチは内心で悪態をつきながらも中年男性の連れていた犬をじっと見送った。
サチは余り犬種には詳しくないが、彼女とてゴールデンレトリバーぐらいは知っている。
艶やかな毛並みに、しかし向こう側の透けた身体。やけにゴツいハーネス。
(あたしもあんなヴァーチャルペット欲しいなあ)
サチはその後姿から視線を外し、再び帰路を足早に歩き始めた。
「立体テレビ」の普及は新たなる娯楽を生み出した。
まず初めに登場したのがヴァーチャルペット。
従来のロボットのように触ることは出来ないが、しかしそれ以上にリアルなホログラム製の犬猫はウケた。
別売りの専用ハーネスを使えば、ハーネスが常に本体からデータを受信し続けるので外に散歩に行く事だって出来る。
更には普通ならば買うことも出来ない希少動物などのソフトも発売され、それもまたヒットした。
しかし人間というものは貪欲で、己の欲求に正直な生物だ。
そして出来上がったのが、「ヴァーチャル・ラヴァー」
その名の通り、仮想の恋人だ。
一抱えほどもある仰々しいまでの大きな本体と基本ソフト。
あとはガイダンスに従って好みの情報を入力していくのみ。
そうすればあっという間にアナタの理想の恋人が出来上がり、というヤツだ。
勿論、友人として扱うことも可能で、従来のAIを組み込んだロボットよりはるかに知能が高くこれまた瞬く間にヒットした。
ただし、その値段はサラリーマンの平均的な冬のボーナスを軽く上回る。
サチのように狭いマンション(アパートで無いだけマシだ)で親からの仕送りとバイト代で日々を凌いでいる身としては、ヴァーチャルラヴァーどころかヴァーチャルペットすら手の届くものではない。
そのはずだった。
「えっと…」
マンションのエントランスにたどり着いたサチは、まだ慣れない手つきで壁に備え付けられたテンキーに暗証番号を打ち込んだ。
軽い電子音と共に目の前で開かれる自動ドア。
エレベーターに乗り込んでボタンを押せば、あとはこの小さな匣がサチを部屋のある階まで運んでくれる。
このマンションに越してきたのはつい半月ほど前の事だ。
親元を離れて初めての一人暮らしは困惑と不安だらけだったけれど、ここ数日はそんなのも吹っ飛んでしまっていた。
何故なら現在、我が家には居候がいる。
「ただいまー」
鍵を開けて扉を閉める。
出かけるときに電気は全て消したはずなのに、部屋からは皓々と光が漏れていた。
サチはそれに溜息を吐き、けれど半ば諦めたように戸締りを確認してから靴を脱ぎ捨て、部屋に入る。
そしてそこには想像通りの光景が広がっていた。
「おぅ、おかえりー」
狭い部屋のど真ん中には青年というよりは未だ少年の領域を出ていない感のある少年が、図々しくも寝そべってバラエティ番組を観ながらサチに声をかけてきた。
「あのさぁ、ヒツギ」
呆れたような声音に気付いたのか、ヒツギと呼ばれた少年は漸くこちらを振り返った。
別にコレといって可愛いわけでも格好良いわけでもない。どこにでもいそうなフツーの少年だ。
しかし残念ながら彼はフツーの少年ではない。
「何で勝手に起動してんの?」
ヒツギは、「ヴァーチャル・ラヴァー」だった。
(多分続く)
***
何か突然オリジナルが書きたくなった。(突発病)
特にコレと言ってアタマ使って書いてないので設定とか結構いいかげん。(爆)