途中から思わず噴き出してしまう展開になりますが、永見がそういう夢を見てしまったんだから仕方ないと諦めてください。(笑)



「海堂…」

乾は手の中の携帯電話をじっと見下ろしていた。

ディスプレイには、海堂のアドレスが表示されている。

通話ボタンを押そうとして、けれど押せずに指を下ろす。

先ほどからそんな事を繰り返している。


高等部に入ってから、海堂とは余り会っていない。


それもそうだ。高等部と中等部では校舎が離れているし、同じテニス部でもコートの場所は全く違う。

会おうとしなければ会うことなど滅多に無いし、メールとて基本は乾から送らないと海堂からのメールも無い。

電話なんて、片手で余るくらいしかかけていない。


今、海堂はいつもの河原でトレーニングの最中だろう。

電話すれば律儀な彼の事だ、出るには出るだろうけれど、不機嫌になる確率100%。

海堂はトレーニングの邪魔をされること何よりも嫌う。


けれど、もう、今しかないのだ。


「……」

乾はもう何度目かになったその動作でボタンに指を乗せ、そして今度こそ通話ボタンを押した。

耳に当てると短い発信音。

もうこれで今切ったとしても向こうには着信履歴が残ってしまう。

乾が海堂に電話をかけた事実はもう消すことは出来ない。

ならばせめて、声が聞きたい。

これがきっと最後になるだろうから、どうしても聞きたかった。


『…はい』


不意に耳に飛び込んできた低い声に思わず背筋を伸ばしてしまう。

思考の海に沈んでいて、回線が繋がったことにすら気付かなかったようだ。

『乾センパイ?』

「あ…海堂」

訝しむ声に慌てて彼の名を呼ぶと、電話の向こうで安堵したような吐息が微かに聞こえた。

「今、大丈夫かな」

『…いいッスよ。どうしたんスか』

そう聞かれると、それはそれで困る。

用があって電話したわけではないのだし、強いて挙げれる用件を告げれば、彼は怒るかもしれない。

お前の声が聞きたかっただけだ、なんて。

『センパイ?』

「あ…その…」

不意に、眼の奥がキンと軋んだ音を立てた。

あ、ヤバイ。

自覚した途端、それは急速に熱となって目元に集まってくる。

「…なあ、海堂」


泣くな。


「四年だけでいい。四年だけ、俺の事、忘れないでくれ」

『?どうしたんスか』

けれど乾は海堂の疑問に答える事無く言葉を紡ぐ。

「お前とダブルス組めて、良かったよ。ありがとう…本当に」


泣いたってもう、どうしようもないのだ。

「それだけを言いたかっただけなんだ。邪魔してゴメンね。それじゃあ」

『センパ…』

ぷつりと回線が途絶える。

乾はゆっくりと携帯を耳元から下ろすとそのまま電源を切ってズボンのポケットに滑り落とした。

「貞治」

耳に馴染んだ低音に振り返ると、父親が何処か痛ましげな表情でこちらを見ていた。

「時間だ」

「うん。行こう」

父親と連れ立って部屋を出て、エレベーターへと向かう。

「…断ってもいいんだぞ」

二人きりの匣がゆっくりと降りていく途中、父はそう呟くように告げた。

けれど乾はゆっくりと首を横に振る。

「いいよ。もう、決めたんだ」

乾は今日、このマンションを出て行く。

そして名前も顔も知らない男の元に嫁ぐのだ。

男である乾に対しておかしな表現かもしれないが、けれど事実、そうなのだ。

相手は乾を生涯の伴侶として求めている。

乾を手に入れるためにはどんな手段も厭わないほどに。

だから乾はそれを受け入れた。

しかし相手の情報には一切手をつけなかった。

どんな人間だろうが乾が嫁ぐことに変わりなかったし、自分本位に相手を手に入れる男の事など知りたくもなかった。


マンションの前には黒塗りのベンツが停まっている。

いつから待っていたのだろう、傍らには運転手が何の表情も無く控えていた。

すいっと流れるような動作で運転手は後部座席の扉を開き、乾を促した。


「乾先輩!!」


車へと足を一歩進めた瞬間に響いたその声に、乾はびくりとして動きを止めた。

この、声は。

恐る恐る声のした方へと顔を向ける。信じられなかった。

「か、いどう…」

そこにはペース配分も無く我武者羅に走ってきたのだろう、珍しく息を切らした海堂が立っていた。

「センパイ…どっか、行くんスか…」

「…うん、ちょっと、ね」

「帰って、来ますよね」

ああ、泣いてしまいそうだ。

乾は湧き上がるものを堪え、海堂の質問に答える事無く柔らかに微笑った。


俺はきっと、もう微笑えない。

お前の居ない世界で微笑うことなんて出来ないから。

だからせめて、お前の記憶の中の俺だけでも、微笑っていて。

泣き顔なんて、見せてやらないよ。


「乾センパイ、何で、答えてくれないんスか…」

海堂の声を無視して、乾は車に乗り込む。

父が複雑そうな顔で海堂を見たが、やがて続いて車に乗り込んだ。

「乾センパイ!!」

海堂が駆け寄り窓ガラスに手をつく。恐らくスモークガラスでこちらは見えていないだろう。それでも海堂は乾に向かって呼びかけ続けた。

運転手がミラー越しにちらりとこちらを窺っている。

「出してください」

その声に運転手は頷き、車を発進させた。

海堂の声は未だ聞こえている。

それももう暫くすれば聞こえなくなるだろう。

膝の上で握った手を、父の手がそっと包み込んだ。


眼鏡を掛けているはずなのに、視界はぼやけて何も見えなかった。






***

こんな初夢を見ました。(爆)

所詮夢なので細かい設定とか背景とかはサッパリわかんないんですが、とにかく海乾前提で乾が見知らぬ男の元にお嫁に行っちゃう、という内容でした。

これ初夢としてどう解釈すればいいんだろう…(爆)