気づいてしまったかも | モラハラ・言葉の暴力で傷ついた心を癒して、本来の私へ

モラハラ・言葉の暴力で傷ついた心を癒して、本来の私へ

モラハラで傷ついた心を癒し克服して、ありのままの自分を取り戻した、私の体験や考え方をお話しています。

気づいてしまったかも

こんにちは、岩崎 剛です。

今日は、大掃除もしなきゃいけないけど、父の所に顔を出さないとね。

このあと、行って来ます。^^



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さて、以前モラハラを受けて、その手法を知ったので、モラハラをやろうと思えばできる、そんな記事を書いた事があります。


実は、ふと思い出したのですが、僕が高校生の時に、友達にモラハラのような事をしていたのです。^^;

同じクラスのT君、彼は顔に特徴がありました。

その事をからかったり、苦手なスポーツでの失敗をからかったりしていました。


その時の自分の心理は、T君より自分はすごい、T君よりスポーツができる、そんな事を考えていました。

自分の劣等感を、T君をからかう事で、自分の方がすごい、そう思おうとしていたのです。

これって、モラハラする人の心理に、そっくりですよね。


もちろん、T君をとことん否定したり、追い込んだりはしていません。

でも、T君と自分を比較して、優越感を得たかったのは確かです。


僕のこの気持ちより、もっと追い込まれる劣等感や、満たされない強い思いを持っている人が、自分を守る為にモラハラやDVをするのではないか、そう思ったのです。

人を否定して、支配して、そうしてまで自分が上だ、自分はすごい。

自分は誰よりもすごい特別な選ばれた人、そう思わないと生きていけない。

それくらい、傷ついた心の闇を、根っこに持っているのではないでしょうか。

その事を、なかった事にして、忘れたかのごとくふるまっていても、どうしても人と自分を比較してしまう。

自分が馬鹿にされたり、なめられたり、ないがしろにされたり、そう感じた出来事には、ものすごく怒り、キレまくる。

そういう事なのでは、ないでしょうか。


だから、モラハラする人は、自分の周りに、支配下においた、ターゲットにした人がいないと生きていけないんだ。


自分の劣等感を埋める為に、人を否定して自分が上に立つそういうことなのかな。

うーん何か、気づいてしまったかも。^^